横尾忠則がパリで経験した「奇蹟」とは? 「宇宙そのものが演出したパフォーマンスだと」

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 この前ハワイの話を書きましたが、ハワイに入る直前はタヒチにいました。タヒチはフランス領です。タヒチといえばゴーガンの話が有名です。彼はヨーロッパの文明から逃がれるようにして、この南海の地上の楽園に居を構え、現地の少女を妻にして、タヒチの女性や生活を沢山描きました。タヒチにはマチスも行っていますが、タヒチはゴーガンの専売特許になってしまっていてマチスがタヒチに行ったのはあまり知られていません。

 タヒチの首都はパペーテという西洋文明の匂うエキゾチックな街で、現地の人達だけでなくフランス人も住んでいます。ゴーガンの孫だという人もいましたが、現在はもういないかと思います。そんなタヒチから少し離れた所にボラボラ島という、「最後の楽園」というイタリア映画の舞台にもなった、タヒチ本島よりもさらに神秘的なサンゴ礁に囲まれた世界一美しい島があります。僕はそんな島に昔から憧れていて死ぬまでに一度は行きたいと思っていたのですが、結局二度も行くことになりました。

 ボラボラ島の宿は海上に建てられたバンガローで、それぞれの部屋が海上に渡された橋によって結ばれていて、レストランも、この海上に建てられていました。建物の周囲360度がエメラルド色の海に囲まれて、ここで食事をしたりお茶を飲むだけでロマンチックな気分になれる本当のオアシスです。僕がこのボラボラ島を訪ねる少し前にローリングストーンズのミック・ジャガーも来たと聞きました。僕はミック・ジャガーからコンサートのポスターやレコードジャケットのデザインのオファーを受けたことがあったので、ここで会えれば最高だと思いましたがすれ違いで彼が帰ったあとでした。

 まあ、そんなことは別として、毎朝この海上レストランで顔を合わせていたひとりのタヒチアンの女性がいましたが、ある日彼女から言葉を掛けられました。

「私、今日がお会いする最後になります。明日パリに行きます。そして結婚をします」。彼女からいきなり声を掛けられて驚ろきました。彼女に結婚の祝福の言葉を送り、「僕も今年パリに行きます」と伝えて別れました。

 そういうことがあったのもすっかり忘れて、パリに行きました。パリ青年ビエンナーレで大賞を受け、その副賞として、2ヶ月間パリに招待されていたのです。パリには知り合いもなく、実に心細い毎日で、用もないのに街をほっつき歩いていました。この頃は僕はまだグラフィックデザイナーでしたが、滞在中にアンドレ・マルローの研究者の竹本忠雄さんを知り、そのうち、アラン・ロブ=グリエやピエール・ド・マンディアルグらの作家を知ることになりました。

 そんなある日、地下鉄でサンジェルマンデプレに行きました。電車がホームに入って、他の乗客といっしょにドヤドヤとホームに追い出されるように降ろされましたが、すれ違うように一人の女性が電車に乗り込みました。と、その時、「まさか」と思いましたが、あのボラボラ島で会った女性に似ています。僕はその女性に釘づけになったままホームに降りました。すると突然、その女性が僕に向って車内から大声で、「ボラボラー」っと叫びました。

 この女性は僕が数ヶ月前にボラボラ島で会ったあのタヒチアンだったのです。僕の名がわからないので、彼女は自分を証明する手段として、二人の共通事項として思わず「ボラボラー」と叫んだのです。と、次の瞬間、電車のドアが二人を内と外に切り離して、電車は彼女を乗せて走り去っていきました。一瞬のできごとで、どうすることもできず、しばらく走り去った電車の音をホームで、呆然と立ちつくしながら聴いていました。

 まるで映画の一シーンです。この広い地球の南洋の小さな孤島で会って、一言声を掛けられただけの人と、地球の反対側の地で、こともあろうに降りる乗客と乗る乗客として、たったひとつのドアをへだてて一瞬すれ違う。この偶然は奇蹟以外の何ものでもなかったように思います。

 この出合いと別れ(?)のことは僕は色んな人に何度も話してきましたが、多分彼女もこの現実でありながら非現実的な一瞬のエピソードを多くの人に何年も語り続けたのではないかと思います。こういう偶然というか、この広い地球のたった一点の場所で起こった出来事(?)を僕は大げさに、宇宙そのものが演出したパフォーマンスというかチャンスオペレーションといったもののように感じますし、芸術とは実はこのような一瞬に起こる説明のつかないことではないか、現実が非現実に変る一瞬をいうのではないかと思います。

 余談になりますが、この原稿を書こうと思っていた頃、ある夢を見ました。その夢というのは、ボラボラ島で会った彼女の夫らしき軍人が10代の娘を連れてパリの喫茶店で、今からタヒチに遺灰を持って行くと僕に告げるという内容でした。夢はそこで終りましたが、この夢の持つ意味に僕は夢でないような奇妙な気分にされました。そういえば彼女は確か、フランスの軍人と結婚すると言っていました。そしてこの夢が、謎の彼女の答えを告げているように想いました。そして「遺灰」という言葉が気になります。彼女はすでにこの地上の人ではなくなっているのでしょうか。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2024年5月16日号掲載

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