松本伊代、本人も驚いた楽曲の“逆転”海外人気… 隠れた名曲がサブスク上位で「お目が高い(笑)」
“ようやく達成した”ラスト・アルバム
さらに、第5位、第11位、第13位には、オリジナルではラスト・アルバムとなった1991年の『MARIAGE~もう若くないから』の楽曲がランクインしている。本作は、12作のオリジナル中、唯一どのチャート部門でもTOP100入りしなかったが、このSpotifyランキングでは最も多くの作品が上位入りしている。つまり、当時一番売れなかったアルバムに、今一番聴かれている曲が多いのだ。ちなみに5位の「予期せぬ出来事」を見てみると、7割以上が海外で聴かれており、主に強いのがアメリカで日本の約2倍、そしてカナダ、フランスとなっている。
「そうなんですか!?嬉しいです!『MARIAGE』は1990年代に出した唯一のアルバムなんですよね。アルバムを通してシンガーソングライターの方に書いていただいたものが多いんですが、この時は、アルバムの前に小説を書いたんです。これはちゃんと自分で書いていますからね(笑)。それをもとに、作詞家の方にお願いして作ったアルバムなので、自分としても、とても思い入れのある作品なんです」
このアルバムが事実上ラストとなったのは、やはりセールス面からの判断だったのだろうか…。
「リリース前から、きっと最後になるだろうから、力を出し切ろうと思っていました。ジャケットや歌詞カードのイラストを桜沢エリカさんに描いていただくなど、楽曲もビジュアルも自分の思い通りに作ったんです。それ以前から、何作か本当に良いものが作れていて、特に前々作の『Private File』で大満足のものが出来たので、あと1枚出せれば思い残すことは無い、というほどでした。それで出したのが、『Innocence』というアルバムだったのですが、あまりに実験的なサウンドが多かったからか、大人のスタッフから、“なんて作品を作ったんだ”と叱られたらしいです(笑)。それで、この『MARIAGE』まで作って、ようやく達成した感じだったんです」
付け加えておくと、『Innocence』は、いわゆる王道ガールポップとは一線を画してはいるが、谷山浩子や遊佐未森が好きな人なら、ハマる部分も多いかもしれない。
「『MARIAGE』の収録曲では、第11位の明るくミディアム調の『恋は最初が肝心』が“歌ってみたいな”といつもコンサートの最終候補まで残る曲ですね。第5位でアップテンポの『予期せぬ出来事』も大好きなんですが、高い音域が多いためか、なかなか当時の雰囲気にならなくて、結局候補リストから外すんですよ。この頃は、一番高い声が出ていたので、今歌おうとするとちょっと違う感じになっちゃうんですよ。でも、こんなに人気なら、頑張らなきゃ」
「めっちゃ難しくて…」“それきり”になってしまった「それから」
第8位には、シティポップ・ファンからの再注目を浴びている1987年のアルバム『風のように』(オリコン最高67位)から「それから」がランクイン。同アルバム楽曲の大半を手がける林哲司らしい、サビで高音が抜ける所が、いかにもDJイベントで盛り上がりそうなナンバーだ。こちらも8割以上が海外リスナーで、特に強いのがアメリカ(日本の約3倍)、ブラジル、メキシコ、カナダ、イギリス、フランス、インドネシア……と、林哲司作品だけあって世界的な広がりを見せている。
同アルバムでは、シングルの「サヨナラは私のために」が10位、同じくシングルの「信じかたを教えて」が18位、「硝子のカラス」が24位と、こちらも上位入りの曲が多い。林哲司×松本伊代作品は、実際にカラオケなどで歌ってみれば分かるが、Aメロの低音からサビの高音まで、意外に音域が広い曲が多いのも特徴的だ。
「確かに音域が広いですね(笑)。『それから』も、林さんのメロディーも船山先生のアレンジも大好きで歌いたいんですが、これこそめっちゃ難しくて(苦笑)。当時は、ディレクターさんが厳しくて、レコーディング中はスタジオに閉じこもって集中しろ!というタイプだったし、この『風のように』を引っ提げたコンサートのためにもたくさん練習したので、頑張って歌えたんですが…、“それから~”じゃなくて、“それきり~”になっていますね」
『風のように』は、全作詞を川村真澄が手がけており、女性の本音に迫るものが多い。例えば、恋愛三部作としてファンに人気のシングル3曲の歌詞でも、
「信じかたを教えて」 ♪ひとりの夜に流す涙も あなたが知らなきゃ 意味もないのに~
「サヨナラは私のために」 ♪泣いただけ 強くなれるなら それは 誰のためなの?~
「思い出をきれいにしないで」 ♪いつか 逢えるかも だけど 本当に逢うとは おもってない~
など、ドキリとさせるものが多い。デビュー当時の“100%陽気”な松本伊代しか知らない人には、かなり意外なのではないだろうか。
「川村さんとは、歌詞の打合せを何度もして、自分が共感できる内容にしていただきましたね。川村さんの作詞は、渡辺美里さんの『My Revolution』が大好きだったからお願いしたんです。同じスタジオでレコーディングしていて、凄い歌手の方がデビューするんだなぁって、その世界観を私も歌ってみたいと思ったんです。今も、インスタグラムのフォロワーの方々は、だいたい3分の2が女性の方なので、このあたりの作品も聴いてもらえたら嬉しいですね」
なお、上位曲が多く収録されているアルバム『Private File』や『風のように』は、2022年から2023年にかけて「マスターピース・コレクション~フィーメル・シテイ・ポップ名作選」として、荻野目洋子、障子久美、岡本舞子、宮崎美子、多岐川裕美、キララとウララらの名盤と共にCDで復刻されており、より高音質でじっくり楽しむこともできる。
Spotifyの順位に戻ると、第20位にシングルの「Last Kissは頬にして」、そのカップリング曲の「恋はナイショで…」が第36位、『風のように』収録の「カレードスコープ」が第35位、そして、シングルの「あなたに帰りたい」が第37位と、C-C-Bのメンバーが作詞や作曲、ボーカルやコーラスなどで参加したものが数多くランクインしている。
「C-C-Bとは、間違いなく、同じ音楽出版社(日音)だった繋がりだったのだと思います。彼らがまだココナッツ・ボーイズ名義の時に、シングル『あなたに帰りたい』で元気なコーラスを入れてもらったのが最初で、その後にブレイクしてからも曲を書いてもらったんです。その中では、渡辺英樹さんとデュエットした『カレードスコープ』が大好きで、35周年のコンサートの時に是非一緒に歌いたかったのですが……。お亡くなりになったので、うちのバンドのメンバーと歌いました」
今回は、人気上位の曲の多いアルバム収録からの話題だったが、セールス的に目立たなかった後期でも、じっくりと良い作品を目指して作り込んできた松本の姿勢がよく分かった。だからといって、“ほら、やっぱり私が正しかった!”といった反骨精神があるわけでもなく、“いい曲がいっぱいあるので、聴いてくださって嬉しいです~”、と明るく笑って話すのみ。こういった所も、彼女自身や彼女の音楽が長く愛される秘訣のような気がした。
最終回となる次回は、尾崎亜美作品や2024年リリースとなったNight Tempoとのコラボ作について語ってもらう。
【「どの曲も可愛い存在なんです」 怒らないし自慢もしない、“歌手”松本伊代のひたむきさ】へつづく
(取材・文:人と音楽を繋げたい音楽マーケッター・臼井孝)