「健康的に映る“野菜依存症”のワナ」 数々の著名人の食生活を採点してきた管理栄養士が明かす「理想の食卓」

ドクター新潮 ライフ

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登場がかなわなかったイチロー

 免疫を高めるために、手っ取り早くサプリメントを利用する人もいる。

「毎日16種類のサプリメントを取っているという作曲家の方がおられて驚きました。実はビタミンC50ミリグラムを食品から取るのと、サプリメントで取る効果の違いはよく分かっていないんですね。ただ、ご自分一人でサプリメントを管理するリスクは負わない方がいい。長期間飲み続けるのなら、病院や薬局で相談するとかなさってください」

 コラムには各界の著名人が登場しているが、リクエストしてかなわなかったのが、イチローである。

「他にも食卓日記を拝見したかったアスリートが何人かいたんですが、声が届かなかった。ああいうスーパースターがどんな食生活をしているのか知りたいですよね。イチローさんは、試合があるときは毎朝カレーだったそうですが」

 企業秘密でもあるのだろう。スポーツ選手は自分のコンディション作りの鍵となる食事をなかなか公開してくれないという。

「アスリートだけでなく、外科医の先生のオペ前と後、ピアニストの演奏前と後とかも、食事の内容が変わっていました。ご自分の仕事に合わせたメリハリをつけておられるんですね」

 その時のコンディションに合わせて和洋中と食を選択する人がいる一方で、中高年には和食を中心とした献立が目につく。

 そこで問題になるのが塩分の摂取量である。

「どこまで減らしたらいいかは、相変わらずの課題です。土台がみそと醤油の国ですから、それを使わないのは、日本の食文化を否定することにもなるので、私も悲しいんですけど」

 日本人の1日の塩分摂取量の目標は、男性が7.5グラム未満、女性が6.5グラム未満とされる。

 しかし、朝食で塩ザケ、みそ汁、醤油をかけた納豆、漬物を食べると、5グラムに達してしまう。

「それもあって、1日1食は塩分の少ない洋風なメニュー、パン食やシリアルをお勧めしています」

 また、市販のカップ麺の多くには5~6グラムの塩分が含まれている。

「そばつゆ、ラーメン、うどんのだし汁を飲み干すのも避けていただきたい」

 塩分が問題になるのは血圧に関わってくるからで、高齢になれば数値が高くなるのは自然の流れだが、高低差は少ない方がいい。

「でも、日本は間違いなく長生きの国なので、塩分だけをピンポイントで問題視する必要はない気がします。高齢者が若い人たちと同じ食事を柔軟に取り入れたことも、長寿に影響していると思われますので」

 一般的に、人間の味覚は10歳ごろまでに覚えたものが、その後も持続するという。関東と関西では味付けが異なるし、だし汁の色だけでも好みが分かれる。

「ただ、若い人はおおむねラーメン、餃子、粉物好きですから、全般的に塩分の摂取が増えがちです。だから、塩分摂取に関しては、高齢者より、若い人の方がもっと細かく気を付けた方がいいと思います」

「食欲を増すためには…」

 食事の回数については、1日3回が標準とされるが、食が細くなった高齢者には、3回では必要な栄養素が摂取できないことがある。

「量が食べられなくなったら、1日に4回とか5回とか回数を多くしてください。それと、おやつがすごく大事です。脂質が多く、総じてカロリーが高いケーキ類より、おはぎのような和の甘味がいいでしょう。あと高齢者が気を付けたいのは水分補給ですね。お茶を飲むか牛乳、あるいは果物で、きちんと補給する」

 1日に必要な水分量は約2リットル。半分は食品に含まれているので、残りの1リットルを飲み物で取る。

「とにかく高齢者は低体重になることがリスクです。食欲を増すためには、一人で食べるのではなく、友人と共食したり、なじみの飲食店を何軒か見付ける。食事作りが大変なら、調理済み食品や冷凍品を買い込むとか、デリバリーを利用するのもいいでしょう」

 高齢者の栄養不足とは逆に、現役世代のカロリーオーバーも問題だ。

 中年太りを気にする人がダイエットをするとき、ローカロリーの食卓に付き合ってくれる人がいれば、長続きするという。

「監視役というか、同居人や友人がいるといいですね。大皿を注文して分け合ったり、半分を人に譲ったりして、量を減らす方法はいくらでもあります。2~3キロの減量なら自力で管理できるし、数カ月で効果が出ますが、それ以上は医学的な管理を含めて、スポーツセンターや地域の保健センターを利活用することをお勧めします」

 1日に必要なカロリー摂取量は、男女とも体の活動量が多い人を除き、身長から算出した標準体重に30を掛けて算出する。例えば60キログラムの体重なら、60×30=1800キロカロリー。ダイエットの目標は、カロリー計算をしながら、標準体重まで落とすことである。

「糖尿病の方は食事制限があるので、食品のエネルギー量をよく知っておられます。例えば同じメロンパンでも、お店によってカロリーが違う。ダイエットにはそういう知識が必要で、自分一人でやるのは結構大変なんです」

 ダイエット中でも削ってはならないものがある。

「糖質や脂質は余分に取れば体内に蓄積されて残りますが、タンパク質は少し余分に取ったとしてもほぼ排出されます。だから、タンパク質は毎日一定量を取る必要があります」

 また、脂肪のため込みを防ぐには、血糖値を急激に上げないよう、何を最初に食べるかも注意が必要だ。

「いきなり糖質・炭水化物を含む料理や食品を体内に送り込むのは避けたい行動です。料理の中で糖質量の少ないものを先に食べ、満腹感を得て、ゆっくりよくかんで、食べすぎにブレーキをかけます」

 付け加えると、荒牧氏は料理を残すことを躊躇(ためら)わない。量が多いと思えばパンやライスを半分にして、食欲旺盛な人に食べてもらったり、市販の弁当なら、残したものを次の食事に回すなど、習慣化している。

 腹八分目は荒牧氏の食の哲学でもあるのだ。

「食事の量もそうですが、基本の考え方は、食べ物からもたらされる情報が体の中を駆け巡っているので、いい情報を取り入れたいということですね」

 他に荒牧氏は、食事を充実させるため、食卓に四季や旬が反映されていること、子供の頃(10歳前後まで)に味わった家庭や地域の味を取り入れることを推奨する。おいしく食べるためには、見た目も大事で、工夫が必要なのだ。

「ブリア=サヴァランの『美味礼讃』(玉村豊男訳)に『どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう』という言葉がありますね。あれを読んで、なるほどと思ったんです。食に関する古典的な教科書のひとつですが、おいしいものとは何かを語るにはあの本が必要かなと」

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