【名人戦】AI全盛の時代に…藤井聡太八冠がタイトル戦で初めて使った「古典的戦法」とは

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伊藤に2連敗は引きずらず

 棒銀は将棋を覚えたての人が最初に使うことが多い筆者にとっても懐かしい戦法だ。

 藤井八冠も子供の頃、棒銀が大好きだったそうだ。江戸時代からあるとされる古典的な戦法がAI(人工知能)研究が全盛の今、名人戦の場で飛び出したのだから面白い。

 もちろんプロの戦いでは2筋を簡単に潰せるほど単純なものではない。本局で藤井は、途中から反対サイドを攻める両面攻撃を敢行し、これが見事に当たった。そのタイミングなどが絶妙だった。さらに、6段目に据えた竜の横効きが豊島の攻撃を阻んでいた。

 藤井は5月2日に行われた叡王戦五番勝負の第3局で挑戦者の伊藤七段に敗れて連敗し、1勝2敗のカド番になっている。藤井はこの敗戦に「心ここにあらず」の表情で、手にした扇子がポトリと落ちるなど、相当な衝撃だったことがありありと伝わってきた。最近、藤井は敗戦後も感想戦で朗らかに談笑したりするが、それもなく寡黙だった。精神的に引きずっていなければいいがと心配したが、名人戦の本局を見る限りそれはないようだ。

元気がない豊島

 藤井が95手目、玉を守る豊島の歩に「2四歩」とぶつけると、豊島は投了した。長考を繰り返した豊島の持ち時間は残り38分、藤井は2時間11分と大きな差がついた。時刻は午後5時43分だった。

「雁木」の戦型を用いた豊島だが、その将棋には粘りが感じられなかった。投了の場面も王手ではなく、「1四」に銀を打って粘ることもできただろうが、どこか元気がなく淡泊な将棋という印象だった。加藤九段も9日の日刊スポーツに掲載された「ひふみんEYE」で、「本局はあっさりしすぎていました」と述べた。

 七番勝負のタイトル戦で3連敗からの4連勝は、2008年の竜王戦で渡辺九段が羽生九段と対戦し、防衛した際に成し遂げたことがあったが、ほとんど例がない。渡辺九段の再現となる豊島の奮起に期待したい。

 第4局は5月18、19日両日、大分県別府市の「割烹旅館もみや」で行われる。

 ABEMAの解説で秀逸だったのは、聞き役の野原未蘭女流初段(20)だった。封じ手の「1六角打」をはじめ「7二金」など、要所要所で藤井の次の手を当てた。展開もしっかり語っており、説得力があった。解説の金井恒太六段(37)も驚いていた。法政大学在学中の野原初段はまだ二十歳だが、強くなることだろう。彼女も「子供のころ覚えた棒銀」が出てきたことに驚いていた。大御所や中堅ばかりでなく、こうしたフレッシュな棋士たちが解説陣として登場するのも一興だ。
(一部敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「『サハリンに残されて」』(三一書房)、「『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」』(ワック)、「『検察に、殺される」』(ベスト新書)、「『ルポ 原発難民」』(潮出版社)、「『アスベスト禍」』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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