「虎に翼」に政治色を感じるという意外な声 会長交代でNHKと民放ドラマの違いも鮮明に

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NHKらしさの回復

 一方でスポンサーの存在を気にしないで済むNHKは最近、政治色があると指摘されそうなドラマを果敢に放送した。5月6日の単発ドラマ「むこう岸」である。

 登場したのは、エリート私立中を落ちこぼれて退学した心やさしき男子中学生・山之内和真(西山蓮都・15)、生活保護世帯であるためにクラスメイトから酷い嫌がらせを受け、自宅では母親と妹の世話をしている女子中学生・佐野樹希(石田莉子・18)、父親の家庭内暴力のトラウマで言葉を失ったハーフの少年・渡辺アベル(サニーマックレンドン・14)。それぞれが政治や行政、地域社会、家庭からの庇護を受けていなかった。

 特に考えさせられたのは樹希のこと。クラスメイトから「生活保護はずるい」「みんなに養ってもらっている」などと嘲笑されたため、悔しさから「生活保護」と胸に大きく書いたTシャツを着て、「皆さん、養ってくれてありがとうございます!」と声を張り上げた。

 生活保護世帯の子供へのいじめは実際にある。生活保護が憲法第25条の「生存権」に基づく正当な権利であることが啓蒙し切れていないからだろう。政治と行政の配慮不足を感じさせた。

 また、樹希は看護師になることを夢見ていたが、ケースワーカーから進学の道があることを説明されなかったため、あきらめかけていた。これもよくある話。ケースワーカーの数が足りていないことなどが理由だ。政治と行政の責任を暗に示した。

 クラスメイトから侮辱されたため、樹希は卑屈になる。それを救ったのは塾講師で元ケースワーカー・湯川紗季(山下リオ・31)の言葉だった。

「(生活保護は)国からの投資なんだよ」

 国の説明やニュース番組の解説より明解だった。ドラマには物事を分かりやすく伝えられるという長所がある。政治色があると批判されようが、このようなドラマを絶やすべきではない。

前会長の敷いた路線を一掃

 最近のNHKは民放がやれない、やらないテーマを次々とドラマ化している。終末医療を描いた「お別れホスピタル」(2月終了)、若い女性のワーキングプア問題や不妊問題などを描写する「燕は戻ってこない」(火曜午後10時)などである。

 昨年1月に退任した前田晃伸前会長(79)=元みずほフィナンシャルグループ社長・会長=の敷いた路線が一掃されたことが大きいだろう。前田氏の路線の1つは若者の重視だった。これにより、2022年には健康情報番組「ガッテン!」が打ち切られ、数々のバラエティ番組が誕生し、一方で硬派ドラマが目立たぬようになった。

 前田氏は将来の受信料を担う若者にすり寄ったのである。しかし、NHKを観る若者は増えなかった。一方で同局らしいドラマが減ってしまっていた。

 民放では硬派ドラマが絶滅寸前だ。その分、NHKが制作するべき。政治色があると受け取られようが構わないのではないか。それが視聴者の利益につながると考えるのなら。

 この問題を考えるとき、寅子なら、「表現の自由」を保障した憲法第21条を持ち出すだろう。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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