高校時代に父親の愛人を好きになってしまった…43歳男性が“両親は世間の常識からかけ離れたところで生きている”と感じた瞬間とは

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17歳の夏休みに…

 晋也くん、今度デートしようと暁子さんは言った。彼はドギマギしながら頷いた。そして数日後、彼女は父を通してだが彼を買い物に誘ってきた。

「父が、僕の洋服を見立ててやってほしいと彼女に頼んだようです。暁子さんがファッション関係の仕事をしていることもそのとき知りました。彼女にくっついていくつかの店を周り、途中のおしゃれなカフェでランチをして、また店へ行って。彼女は店の人への対応がとても感じよくて、大人ってこういう人のことを言うのだと学びましたね」

 新しいファッションに身を包み、最後に暁子さんが連れていってくれたのはフレンチの店だった。暁子さんは学校のことなどはまったく聞かなかった。

「どんな映画を観ているのか、どんな小説を読んでいるのか。何に興味があるの、政治をどう思うと、大人同士の会話を求めてくる。当時好きだった南米の文学とか開高健のこととかを話すと彼女はものすごくうれしそうだった。僕は必死で背伸びしていただけだけど、彼女は僕を認めてくれたような気がしました。ジャズの話もした。まだよくわからないけどと言ったら、じゃあ、今度はジャズを聴きに行こうということになって」

 暁子さんはどういうつもりだったのだろう。つきあっている既婚男性の息子と、それからたびたび会っていたのは彼女の意志だったのか、あるいは愛する既婚男性に頼まれたからなのか。晋也さんは、それを確かめることなく、暁子さんに会って背伸びする快感に酔いしれていた。

「その年の夏休みは、しょっちゅう暁子さんに会っていました。会えば会うほど惹かれていった。17歳ですからね、自分の恋心を隠す術も知らない。夏休みが終わるころ、暁子さんが自分の部屋に呼んでくれたんです。目的はCDや古いレコード、本などを見せてもらうことだったんだけど、自分を抑えきれなくて彼女に襲いかかってしまいました。でも彼女は毅然として『晋也くん、こういうことはきちんと女性の意志を確認しないとダメよ』って。自分の性欲は自分でコントロールできる大人になれと言われました。心ときみの体は必ずしも一致しないの、体が反応しても心が燃えているとは限らない。それを愛と言ってはいけないのって。今もはっきり覚えていますね。彼女は僕の出会った、最高の女性だったかもしれない」

 それは結局、ひと夏の恋だった。今思えば、だけどと彼は言葉を継いだ。

「あの夏、父は他の女性とつきあっていたのかもしれない。でも暁子さんと別れたくはなかったんでしょう。だから僕を暁子さんにあてがって、暁子さんの気持ちをとどめておこうとしたんじゃないか。秋になるころには、父と暁子さんと3人でたまに会いましたが、暁子さんとふたりきりにはなれなかった。父に聞いてみたいことのひとつだったけど、聞く機会はなかったですね」

 一方で、父親は母親とも仲がよかったと言う。母は会社を経営しており、父は一応、その会社の役員にはなっていたが、ほとんどヒモ状態だったのではないかと晋也さんは見ている。母も父の浮気は把握していたはずだ。だが、父と一緒にいるときの母はうれしそうだった。

「親ながら、あの夫婦のありようは僕にはよくわからなかった。ときどき3人で食事に行ったりすると、母は父にべったりで、父もヘラヘラうれしそうで。うちの父みたいな男こそ、稀代の女たらしかもしれません。僕は男として父のようには生きられない。父はなんだかんだ言っても、目の前の女性と真正面から向き合うんですよ。だから女性も離れない。僕はそうはなれなかった」

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