アメリカでは「テクノ・リバタリアン」が台頭も…日本の起業家がシリコンバレーでチャレンジしない意外な理由
『言ってはいけない』(新潮新書)などのベストセラーで知られる作家の橘玲氏が新刊『テクノ・リバタリアン』(文春新書)を上梓した。同書ではGoogleなどのプラットフォーマーの創業者やブロックチェーンの開発者の多くがリバタリアニズム(自由原理主義)を主張するリバタリアンであり、且つ、彼らは世界を変え得る知的能力も持つ「テクノ・リバタリアン」だという。なぜ日本には彼らのような“天才”が現れないのか。橘氏に訊いた。(前後編のうち前編)
***
自由で効率的な社会
「テクノ・リバタリアンは自由を重視する功利主義者のうち、きわめて高い論理・数学的能力をもつ者たちだ」(『テクノ・リバタリアン』P33)
橘氏はテクノ・リバタリアンについてそう規定している。そもそも、アメリカではリバタリアン党という政党があるほど、リバタリアニズムそのものが浸透している。リバタリアニズムとはすべての価値の源泉が「自由」にあり、経済的自由が侵害される「大きな政府」を嫌う。その意味ではいわゆる「リベラル」とされる政治的主張とは隔たりがあり、合理性に基づいて「最大多数の最大幸福」を唱える功利主義に近い。リバタリアニズムも功利主義も国家の規制を排し自由で効率的な社会を作ろうとするが、中でもテクノ・リバタリアンは論理的・数学的知能が極めて高く、数々のイノベーションを起こし、世界を変革しようとしている。
本書で取り上げられている主なテクノ・リバタリアンは以下の4名だ。
・イーロン・マスク(起業家)
・ピーター・ティール(ベンチャー投資家)
・サム・アルトマン(起業家、オープンAIの創設者)
・ヴィタリック・ブテリン(プログラマー、イーサリアムの考案者)
「この本を書いたきっかけは、ウォルター・アイザックソンの『イーロン・マスク』の発売に合わせて、月刊文藝春秋でテクノ・リバタリアンについて長い原稿を書いたことです。それがもったいないので、新書にしてみました」
とは橘氏。
「以前から、リバタリアニズムがアメリカの政治・社会に大きな影響を与えているにもかかわらず、日本ではまったく無視されているのが不満でした。リバタリアンというと、社会保障に反対する偏狭な保守主義や、いまならトランプ支持の陰謀論者と同列の扱いを受けていますが、シリコンバレーの起業家は、多かれ少なかれみなリバタリアンです。2000年代になってからリバタリアニズムの中心はシリコンバレーに移っていて、その思想を理解せずにもはや未来を語ることはできません」(橘氏、以下同)
“なぜシリコンバレーでチャレンジしないのか”
この4人を取り上げた理由は、
「イーロン・マスクは子どもの頃に周囲と馴染めず、アメコミやSFに夢中になり、スーパーヒーローものにハマっていた。ピーター・ティールはコミュ力が低いことに加えて同性愛者で、子ども時代はさらに疎外されていた。やはりファンタジーとSFが好きで、『指輪物語』三部作を繰り返し読んで暗記してしまったといいます。
2人はいずれもその高い能力によって、子どもの頃に憧れたSF的世界を実現しようとしていて、とても興味深いキャラクターです。グーグルのラリー・ペイジやセルゲイ・ブリン、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグもテクノ・リバタリアンですが、マスクやティールほどキャラ立ちしていない。
マスクらに続く第二世代としては、オープンAIのサム・アルトマンとイーサリアムのヴィタリック・ブテリンを、新しい世界をテクノロジーによってデザインしようとしているという意味で、テクノ・リバタリアンの象徴として取り上げました」
かたや、日本におけるテクノ・リバタリアンはいるのか。
「どうでしょう。日本にもベンチャー起業家はいますが、本書で取り上げたこの4人とはスケールがまったく違いますよね」
なぜ日本ではそうした人材が輩出しないのだろうか。
「論理的・数学的な能力が高い若者は、日本でも同じような世界観を持つようになるはずですが、だからといってシリコンバレーで勝負しようと思うわけではない。文京区本郷では東大のまわりにベンチャー企業が集まり“本郷バレー”と呼ばれていますが、そこの若い起業家に“なぜシリコンバレーでチャレンジしないのか”聞いたことがあります。答えは、“コスパが悪い”でした。
彼の先輩には、ゲームやアプリの会社を立ち上げてベンチャーキャピタルから資金調達し、数年で大手企業に売却して数億円や数十億円のお金を手に入れた成功者がたくさんいる。それに比べれば、世界中から天才が集まるシリコンバレーでの成功確率はあまりに低すぎて、まったく魅力がないそうです。
大卒で大企業に入り、定年まで40年間働いて得る生涯賃金はせいぜい4億円程度。20代でそれ以上のお金を稼げるのなら、ハイリスク・ハイリターンのシリコンバレーで第二のイーロン・マスクを目指すよりも、“ぬるい日本”でそこそこ成功するローリスク・ローリターンの戦略の方が現実的なのでしょう」
[1/2ページ]