ブーイングを浴びたAdo「国立競技場ライヴ」の音響スタッフに同情してしまう理由

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音質レベルは向上しているが…

 日本武道館もかつては音がよくないと言われた。武道館は東京オリンピックの柔道の試合場としてつくられた会場。一方、ホールは音楽を聴くために材質が選ばれ設計されている。武道館にホールのような響きを求めるには無理がある。

 しかし、そんな声は徐々に聞かなくなってきた。武道館の音響についてスタッフの経験値が上がったことが理由の一つだろう。

 さらにアリーナやスタジアムで開催されるコンサートが増えた結果、相対的に武道館は聴きやすく楽しめる会場になっているのかもしれない。

 また、スタジアムのコンサートの音響も、数を重ねるごとにレベルアップはしている。音響的な成功例も失敗例も増え、データが積み重ねられて、精度が上がっているのだろう。

 さらに、スピーカーやアンプの進化も著しい。かつてはステージの両サイドに大型のスピーカーが積まれていた。すると、どうしても出力される場所からの距離や方向によって、音量やバランスに差が生じてしまう。

 今はラインアレイという上から吊るスピーカー・システムが主流。サイズの小さなスピーカーの集合体なので、会場全体に個別に音を届けることができる。個別にチューニングすることもできる。会場のどのエリアで聴いても、同じような臨場感を体験できるように意識したサウンドチェックが行われている。

国立競技場の「経験不足」問題

 さて、Adoがライヴを行った国立競技場は、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場としてつくられた。スポーツのために設計されたスタジアムで、ライヴの開催が目的ではない。

 竣工は2019年11月30日。その後Adoのライヴまで、ソロアーティストとして有観客でパフォーマンスを行ったのは矢沢永吉のみ。つまり、音響のデータがあまりにも少ない。音のまわりかた、響きかた、風向き、温度や湿度による影響……など、推測によってやらなくてはならないことも多かったのではないか。

 そして、もう一つ、国立競技場は野外なので、屋内会場以上に地域住民や企業に配慮しなくてはいけない。国立競技場周辺にはマンションをはじめ集合住宅もあり、会社も多い。夜、好きなだけ音を出せるエリアではない。

 音響スタッフは、地域に配慮しながら、客席を満足させられる音量、音質、音のまわしかたを追求し、試行錯誤を重ねたはずだ。その結果、音響に満足できないファンが生じてしまった。おそらくAdoの歌を比較的明瞭に聴けたエリアもあったのではないか。でも、満足して帰宅した人の多くは体験したライヴの余韻に浸っている。ネットに不満を書こうとは思わない。

 今後も当面、国立競技場での音響に満足できないケースはあるかもしれない。くり返しになるが、ここはあくまでもスポーツ施設。音楽のために設計されてはいないからだ。そして、今後もスポーツの大会が優先されるために、音楽のライヴが急増するとは考えづらい。生きたデータが集積されるにはまだまだ年月が必要になってくる。

 もちろん、プロなのだから経験不足は理由にならない、お金を取っている以上は最高のものを提供すべきだと批判することは可能だろう。ただ、このような現実を私たちオーディエンス側も理解した上でライヴのチケットを購入したほうがいいのかもしれない。

神舘和典(コウダテ・カズノリ)
ジャーナリスト。1962(昭和37)年東京都生まれ。音楽をはじめ多くの分野で執筆。共著に『うんちの行方』、他に『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数(いずれも新潮新書)。

デイリー新潮編集部

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