名優・小林薫の実像 なぜ内面から滲み出るものに観る側は惹かれるのか

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ジョークを言わずに笑わせる

 小林はこの作品を書いた脚本家の故・山田太一さんら多くの制作者に愛される。特にぞっこんだったのはTBS出身のプロデューサーで演出家の故・久世光彦さん。同局「夜中の薔薇」(1985年)など「向田邦子シリーズ」に欠かせない俳優となった。このシリーズで演じた男は、いずれも哀感を漂わせていた。

 一方で久世さんは小林のコメディ俳優としての才能も開花させる。同局「キツイ奴ら」(1989年)で、金庫破りを得意とする主人公のインチキセールマン・大曾根吾郎を演じさせた。

 吾郎はヤクザから毎月100万円の借金返済を迫られており、悪さを重ねて返し続けるのだが、たびたび「キツイなぁ」とボヤく。吾郎の悪戦苦闘ぶりが笑いを誘った。

 ジョークなど一言も口にしないのに、観る側を吹き出させる。今も続く小林の持ち味の1つだ。日本テレビ「コタツがない家」(2023年)での山神達男役もそう。ふざけているわけではないのだが、その日常が突っ込みどころだらけで、やはり笑いを誘った。

 一方で映画にもなったTBS系(制作・MBS)「深夜食堂」(2009年)では主人公のマスターを演じた。ニヒルだが、人情に厚い男だった。

 これまでに演じた役柄はヤクザ(1988年の映画「悲しい色やねん」など)から裁判官(2009年のNHK「気骨の判決」)まで、途方もなく広い。どんな役にも現実味と説得力を持たせられる。膨大な量の本や映画に接し、数多くの友人や仲間と付き合ったからだろう。

「僕にとっての笠智衆」

「深夜食堂」には、マスターによる「ウチに来るときには肩書きを外してきな」というセリフがある。これは小林が考えた。

「暖簾をくぐって入ったら、どんな人にも区別がないんですよね」(『クイックジャパン』2010年4月号)

 小林の人間性の一端をうかがわせる。一方で素顔をさらすのを嫌がり、バラエティ番組には一切出ない。フジテレビ「笑っていいとも!」(1982~2014年)のテレフォンショッキングのコーナーにも何度か誘われたが、全て断った。

「そういう番組に出ると、どんな役を演じてても結局こういう人なのね、って思われるのが凄く嫌で」(「Studio Voice」1986年10月号)

 私生活では1984年に女優の中村久美(62)と結婚するが、95年に離婚。2009年に女優兼モデルの小梅(50)と再婚した。2人は永瀬正敏(57)が主演した日本テレビ「私立探偵 濱マイク」(2002年)で共演していた。当時、22歳の年齢差が話題になった。

 翌2010年には長男が生まれた。成人するとき、小林は78歳。しかし、そのときもドラマ、映画への出演依頼が絶えず、活躍を続けているに違いない。

 映画「それから」(1985年)などで組んだ故・森田芳光監督から「僕にとっての笠智衆」と言われたことがあるという。そういえば、穏やかで淡々とした穂高教授は、故・笠智衆さんのイメージと重なる部分がある。

 今後の小林はより老練された演技を見せてくれるのだろう。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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