「ネットで服を買う人が増えたから“タックイン”が再流行した」は本当?(古市憲寿)

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「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。ある出来事が思わぬ影響を与えるという意味。現代では何と表現できるかなと考えていたら「ネットで服を買う人が増えてタックインが再流行した」というのを思い付いた。ちなみにタックインとは、シャツの裾をズボンやスカートから出さずに、内側に入れること。シャツインとも言う。こんなふうに注釈が必要な時点で「風が吹けば桶屋が儲かる」に負けている。でも一応説明させて下さい。

 20年以上前からネットで服は売られていたが、本格的な普及はこの10年ほどだろう。もちろん便利なのだが困るのは試着が難しいこと。無料で返品や交換ができる仕組みはあるが、返送の手続きなど面倒くさい。そこでサイズに迷った場合は、大きめのものを選んでしまいがちになる。

 2015年ごろからファッションの世界ではビッグシルエット(大きめのサイズの服を着ること)が流行している。これがネットの影響なのか、流行の周期なのか、ただ楽だからなのかは分からない。ただ「そろそろブームが終わる」と言われ続けながら、今でも人気だ。

 ともすればビッグシルエットは、スタイルが悪く見えてしまう。だらしないと感じる人もいるだろう。その一つの解決策がタックインなのだ。ズボンやスカートを高い位置ではいて、シャツの裾を中に入れると、腰の部分が引き締まって足も長く見える。そんな訳もあり、10年代後半からカジュアルな服でもタックインの人が増えている。

 以上のような理由で、僕はネットショッピングによるタックイン再流行説を唱えているのだが、実際のところは分からない。こじつけの「風が吹けば桶屋が儲かる」よりは説得力があると思うが、タックインに関してはもう少し知的に説明することもできそうだ。

 歴史をさかのぼれば、1990年代前半にタックアウトの流行が始まった。若者を中心に、シャツの裾を出すようになったのだ。下着扱いだったシャツが上着になったともいえる。次第に「タックインはダサい」という常識が出来上がっていった。マンガなどで「ダサいオタク」は、決まってチェックのシャツをタックインしていた。タックアウトの時代は続き、シャツの着丈は短くなり、下着のウエストゴム部分のブランドロゴを見せるスタイルも流行した。

 そして10年代後半から始まったタックインの再流行。それを「反抗する若者の時代」の終わりと捉えることはできないか。90年代から10年代というのは、若者が社会に一定の影響力を持ち、時に反抗をしていた時代だった。「援助交際」や「少年犯罪」などネガティブな意味でも若い世代は注目されたが、15年にはSEALDsによるデモが話題になる。そんな反抗する若者が過去のものとなった頃、再びタックインの時代が訪れたというわけだ。

 と、こんなふうに強引な説明もできるが、何というか90年代的で時代遅れの感じがする。評論にも周期がありそうである。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年5月2・9日号掲載

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