いま「記憶喪失系ドラマ」が熱い 手垢がついた“定番設定”に進化
人の名前や話の内容を忘れる。ミスしたことを忘れ、同じ過ちを繰り返す。なんなら昨日食べたモノも忘れるし、先週観たドラマの展開も忘れる。年々忘却力の著しい進行に自分でも驚く。忘れたいことはいつまでも忘れられず、忘れてはいけないことをすっかり忘れる。「忘」の文字が「忌」にも見えてくるお年頃。そんな加齢とは関係ない「忘れる」系ドラマ2作をご紹介。
階段落ちで急性硬膜外血腫、手術で回復したものの記憶喪失になった主人公を生見愛瑠が演じる「くるり~誰が私と恋をした?~」。社会常識や一般知識はあるものの、自分の記憶がない。人間関係もすべて「初めまして」。見舞いに来た同期(神尾楓珠)やLINEをくれた自称・元彼(瀬戸康史)の情報を頼りに、お節介な隣人(丸山礼)の助けも借り、前向きに自分探しを始める。
めるるが記憶喪失の割に、明るくて素直でサバサバしていて悲愴感はないのだが、考えてみればちょっとホラー。見ず知らずの人が吐く情報をうのみにしていいのか、めるる。転落事故のときに持っていた指輪は男性用で、誰かに渡そうとしていたようだが、誰に恋をしていたかは思い出せず、というのがサブタイトルなわけ。でも恋は副菜なのかも。
新生めるるは出社し、会社における自分の立ち位置をうっすら把握。無難に目立たず、友達も作らず、角が立たぬよう自分を押し殺して生きていたと分かる。有能な派遣社員(菊池亜希子)に仕事を押し付ける無能正社員やセクハラ男を目の当たりにして、思い切って仕事をやめてしまう。恋愛モノの皮を被っているが、「女の主語獲得」の物語なのかなと思わせたのが第1話。
ところが第2話で、きな臭い方向へ。小芝居で近づいてきた謎のイケメンCEO(宮世琉弥)は、なにやら過去を知っている様子。断片情報から「もしや、めるるは詐欺紛いのいただき女子か、または別班!?」などと邪推させる展開に。妄想するのが楽しくなっておる。
もうひとつは明るくないの。つらいの。かなり厳しい状況に追い込まれた主人公。「アンメット ある脳外科医の日記」だ。交通事故で脳の海馬を損傷、2年間の記憶を喪失。さらに新しいことを記憶できず、記憶は1日限り。夜寝て朝起きたら記憶がなくなっている。そんな日々是地獄を杉咲花が丁寧に真摯に演じている。
脳外科医が記憶障害……その設定に全国の脳外科医が憤怒しそうではあるが、テレビドラマ界は大好きなのよ、病気の医者が。吉田羊も高畑充希も、闘病しながら診察してましたっけね。
花は朝起きたら前日までの日記をすべて読み返して、たたき込む毎日。脳外科医としての知識や技術は維持できているが、事故後の記憶は1日で消滅……苛酷すぎるわ! アメリカ帰りの脳外科医(若葉竜也)が記憶も自信も喪失しとる花を支えていく展開だ。このふたりが秀逸な演技で魅せるので、荒唐無稽と切り捨てられず。
両作とも、外部記憶装置つまり他人の助けがあってこそのご都合主義だが、手垢のついた定番「忘れる」系を進化させた感はあるよ。