「本当に僕の子だったのか?」先輩の恋人を奪って、21歳でデキ婚…42歳夫がかすかに抱く不信の背後に妻の“特別な事情”
「一瞬、本当に僕の子かなと…」
帰宅してすぐ電話をしてみたがつながらない。おそらく先輩とまだ一緒なのだろうと彼は身を焦がれるような思いだった。すっかり恋に落ちていたのだ。
「翌日、彼女から連絡がありました。その日の夜会ったんですが、彼女は『彼とは別れたい』と言うんです。彼は人がよくて優しいんですが、彼女とふたりきりになると陰湿で、ときには暴力をふるうというんです。女性に暴力をふるうなんて許せないと思った」
そこからふたりは急速に親しくなり、一緒にいたいという意思を確認しあった。だがヒトミさんはつきあっていた先輩を恐れて別れたいと言い出せない。そこで手に手をとって駆け落ちのように逃げたのだという。逃げてすぐ、ヒトミさんが妊娠していることがわかった。
「一瞬、本当に僕の子かなと思いましたが、彼女にそう言うわけにもいかない。今思えば、そもそもどうしてそれほど彼から逃げたかったのか……。やはり彼がそんな暴力的な男だとは思えなかったから。現に彼は僕らが逃げた数年後に結婚していますし、地元でも評判の幸せ家族になっているようなんです。ヒトミさんにはヒトミさんなりの逃げたい理由が他にあったとしか思えない」
逃げたあとにヒトミさんから聞いた話も、そう思わせる理由になった。彼女は中学生までを海外で過ごした。ところが帰国後、突然、両親が離婚し、1年後に母は再婚したのだが、どうやらヒトミさんは新しい父親に言い寄られていたらしい。彼女は多くを語らないが、もっと嫌なこともあったのではないかと郁登さんは言う。
「先輩は家業のあとを継いでいたから、ヒトミさんは先輩とどこかに逃げることはできない。僕が手頃だったんじゃないでしょうか。でも僕自身も彼女にお尻を叩かれながら必死で働いた20代があってよかったと思っているんです」
離婚家庭で育った郁登さん
子どもが生まれる直前、ようやく婚姻届を出した。ヒトミさんと日々を過ごすうち、郁登さんは、妻と子どものいる家が楽しいと思うようになっていった。
「実はうちも離婚家庭なんです。僕が小さいころに離婚したらしくて理由もわからないまま。僕は父と祖母に育てられました。この祖母が怖い人で、なにかというと『嫌な目つきするね、あんたの目つきは典子に似てる』『典子に似て何をやってもダメだ』と、母を引き合いに出して八つ当たりする。実際、母がどんな人だったかわからないけど、この祖母と一緒にはいられないよなと思っていました。僕も中学からグレ始めて家に寄りつかなくなっていましたから。とはいえ、不良グループみたいなのも好きじゃなかったから、友人の家の軒先で寝たりしてただけで、何をしていたのかあまり覚えてないんですが」
高校にはなんとか滑り込んだが、「ろくでもない日々」を送っていた。そんなとき、例の“先輩”に救われたことがある。空腹を抱えて、高校の近くのパン屋にふらりと寄ったときだ。
「実はお金をもってなくて……。手に取ったパンを一瞬、ポケットに入れようか迷ったんです。そうしたら年上の男性が、『きみ、○○高校だろ。オレの後輩じゃん。奢ってやるよ』と言ってパンを4つ、買って渡してくれた。じゃあと去りがてら『かっこ悪いことするなよ』って……。見抜かれていたんです。いったい、あれは誰なんだと嗅ぎ回ったら、高校の5年先輩で今は隣町で家業を継いでいるって。それ以来、ほとんど会うこともなかったんですが、20歳のときに再会して、それからは仲良くしてもらっていました。だから先輩の彼女を略奪して逃げたこと、ずっと心にひっかかっていました。先輩が結婚して幸せに暮らしていると知っても、心の中の苦い塊は溶けません」
だからこそ、よけい家庭を大事にしようと決めた。ヒトミさんも郁登さんも、「穏やかで平和な家庭」を知らずに育った。どうしたらいいかわからなかったが、お互いに思いやりをもって暮らすしかないと感じていた。
「僕は祖母に、ヒトミさんは母親の再婚相手に嫌なことを言われたりされたりしてきた。だから家の中に“悪意”を持ち込まないようにしようと話し合ったんです。虐待家庭出身者じゃないと生まれない言葉だと思うけど、僕らは人の悪意に妙に敏感で。相手がちょっとでも見下してきたら、たとえそれが冗談口調であっても、悪意を見つけてしまうんです」
人の悪意は体に悪いから、と郁登さんはニコッと笑った。
後編【仕事場近くのマンションで21歳女性と半同棲する42歳夫 妻にバレても“堂々としていられる”という身勝手な言い分の根拠とは】へつづく
[2/2ページ]