5分で分かる「SHOGUN 将軍」の魅力 真田広之、浅野忠信、アンナ・サワイ、二階堂ふみの演技力が光る
現代女性と通ずる
それに対して、ドラマの愉快な息抜きになってくれたのは、チンケな二枚舌男・藪重である。
伊豆で虎永に作り笑顔を浮かべたかと思えば、大阪で石堂と虎永を陥れる策を密談し、再び伊豆に戻れば虎永にとってつけたような忠誠を誓う藪重は、武士であれば「風上にも置けない男」である。だが観客を笑わさずには置かない口の悪さ、卑劣になりきれない人間くささ、実は腹の底まで虎永に見透かされているマヌケぶりで、どうしても憎めない。
浅野忠信独特のユーモアは、藪重がまるでこの世界に生きる唯一の現代人のように思わせる。最終回に見せる藪重の変貌もまた、そのまま観客の思いと重なるに違いない。そして最終回を見た後に初回を見直せば、それまでの彼の行動は天に唾するものだったのだと気づくに違いない。
鞠子を演じたアンナ・サワイの氷のような冷たさと、その奥に秘めた激情も印象的だ。按針の無作法な物言いを「超訳」でクールに訳す優秀さ、夫の「いつものDV」に一歩も引かない強さ、自分を守るために心に「八重垣」を巡らせる孤独、「わきまえた自分」を演じるその奥で募らせる怒り……。ほとんど現代の働く女性と変わらないキャラクターと言える。
俳優の実力を堪能できる作品
鞠子と姉妹同然に育った太閤の側室、二階堂ふみ演じる「落葉の方」との対比も鮮烈だ。
若き日の落葉の方は、「贅沢三昧に暮らせる身、力及ばぬことは目を閉じて見なければ良いのに」と鞠子にのたまったのだが、「宿命」に縛られて仇同士となった2人は、結局のところ同じような「流されるままに生きるしかない人生」を生きている。歳月を超えて再会した2人の連帯がドラマの終盤を大きく動かしていくのは、現代を生きる女性の心にも大きく響くに違いない。
その他の俳優陣も素晴らしい。西岡德馬の迫力、平岳大の粘着ぶり、阿部進之介の憎々しさ、穂志もえかのしぶとさ……文字数がいくらあっても足りない。
韓国ドラマが国際的な躍進を見せるここ数年、「韓国の俳優の演技の巧さに比べて日本の俳優は……」と言われることも多かったが、「SHOGUN 将軍」は「舞台さえ与えられれば、実力のある俳優たちは日本にもいくらでもいる」というのを見せつけてくれた作品だった。世界で大暴れする日本の時代劇を、世界で活躍する本物の日本の俳優たちを、もっともっと見たい。
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