続発する若者の“飛び降り死”に不気味な「共通点」…元マトリ部長が明かす「1D-LSD」の正体

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作用・効果はLSDとほぼ同じ

 これは、いま出回っている「LSDアナログ」(筆者注:化学において、類似体、類似化合物を意味する)の摂取による錯乱事故だ。

 実は、2015年頃から、LSDの骨格のある部分に“置換基”(筆者注:水素と置き換え可能な原子団)をくっつけた「1P-LSD」や「IB-LSD」といった化学名で呼ばれる「アナログ」が、ヨーロッパで製造されるようになり、続々と世界にばらまかれている。

 各国の規制を免れるため、様々な置換基をくっつけ、構造式を僅かに変化させて未規制の物質に仕立て上げているのだ。厚労省はすでに8物質を確認し、規制しているが、23年に「1V-LSD」を規制すると、直ちに「1D-LSD」と表示される製品が出現。1枚5000円程度で一気に拡散した。

 これら「アナログ」は、置換基が結合した位置や置換基の略称などから「1D」のような接頭辞が付されて命名される。そのため、未規制の新製品との印象を受けるが、構造本体はLSDに違いなく、作用・効果はほぼ同じと思っていい。

 摂取したLSDブロッターが高濃度だったり、使用者の心身が不調だったりすると、音や色が強烈に変化する幻覚を生じさせ、のみならず感情も激しく変容する。衝動性も増し、“不可能が可能になる”との錯覚に襲われる。

 そのため、前述の「鳥男」はもちろん、新宿の女性のような最悪の結果を招くことも珍しくない。

「カーテンがアナコンダに」

 先日、私が対応した相談案件では、19歳の男子大学生が“カーテンに追われる”という凄まじい幻覚を見て、喚きながら窓から飛んでいた。彼は「カーテンのヒダが双頭のアナコンダに変化し襲ってきた」と口にした。

 幸いにも現場は戸建ての2階であり、足首の骨折だけで済んだものの、家族の驚きようは尋常ではなかった。サイケデリックな世界を経験したいとの軽い好奇心から、未規制のアナログ製品を購入して使用。結果は、アナコンダに変化したカーテンに襲われて骨折するという始末だ。

 LSDは“μg(マイクログラム)”で効果を発揮する。1μgはわずか「100万分の1g(塩粒0.01個分)」である。

 摂取量が「10μg」以上になるとサイケデリックな知覚を感じはじめ、「50μg」以上で信号が眩しくなり、時間感覚も変化する。「150μg」を超えれば自己の解体がはじまり、「300μg」ともなれば、神秘の世界を彷徨うと言われる。が、これは同時に地獄の領域に足を踏み入れたということでもある。

 こうした“錯乱”事案の急増を受け、厚生労働省の専門家会議は、「1D-LSD」を“指定薬物”に指定することを承認。5月11日にも「1D-LSD」などを含むとみられる製品の販売、所持、使用が禁止されることになる。

 未規制も規制もない。こんな薬物で死ぬ必要はない。鳥になる必要もない。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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