【東京裁判・開廷から78年】カネの問題、最も苦労したことは…速記者10人が語っていた裏話

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「読み返し要求 」に四苦八苦

 東京裁判は、検察側立証、弁護側反証、論告、最終弁論と進み、国内外からの重要証人も続々と登場。検察側、弁護側双方が激しく論戦を繰り広げている。

 座談会では、最も苦労したことの一つが「読み返し要求」だったと述懐している。日本人の証言が聞き取りにくかったり、通訳がもたついたりした場合、ウェッブ裁判長やモニターから、イヤホーンを通して再読を求められる。日本の国会の議事進行と異なるため、即座に答えられなくて困ったというのである。

〈ときたまうつかりしているところを突然モニターからマイクで「日本語の速記者の方、今のところ、もう一度読んでください」と声をかけられる。あちらの速記者ならあたりまえのことかもしらぬが、日本の速記者としては初めての経験だから、法廷中モニターの声がとどろきわたつたように感じた。(略)国際的な場所で間違つたことも読みたくないし、あれには脅威を感じた。まあ毎回適当に読んで何とか切り抜けたがね。(笑)〉

 21年3月に戦後の女性一期生として衆議院速記者養成所を卒業し、東京裁判での速記も担当した元衆議院速記者の寺戸満里子さん(83歳)=東京都中野区在住=も、座談会記事に出てくる発言者名を目にして「懐かしい名前ばかり。みなさん大先輩です」と声を上げつつ、肝を冷やした体験を語った。

「確かに『読み返し』は大変でした。『副』でしたので、ブースの中でのんびりしてると、モニターに『今のところ読んでください』とやられるんです。アメリカ人の速記担当者はいつも悠然とタイプを打ってこなしていたのに、こちらはばたばたと手作業でしたからね。『アメリカは進んでいるな』と思いました」

「ダンコク」は「ダンガイ」

 前述の宮田さんは、「国会では、発言を読み返すことはおろか、聞き返す場面も、まずなかった」という。

「東京裁判は発言者が頻繁に変わるので大変だったと思います。米国式だと、速記者や裁判官が聞き取れなければ、その場で確認するのが普通だったようですが、日本の国会ではそんな中断はなかった。速記者が発言についていくのは当たり前、との風潮がありましたから。聞き取れなければ、後で議員に確認するしかなかったのです」

 日系米国人通訳の日本語が直訳的で滑らかではなかったため、速記がしにくかった、と振り返った座談会出席者もいた。なかなか完璧とはいかなかったようなのだ。こんな発言も見える。

〈ぼくのやつでは通訳が「ダンコク」と盛んに言うんだ。聞きに行つて「ダンコク」というのはどういう字なんだといつたら「弾劾」(ダンガイ)のことなんだ。「ダンコク」では、こつちは何のことかわからない。〉

 ***

「黙して語らず」の速記者たちがついに語った「東京裁判という仕事」。つづく後編では、座談会の後半で語られた裁判官や検察官、被告といった“登場人物“たちのエピソードをお届けする。法廷での濃厚な人間ドラマを見続けた彼らが、「肩書きや肩章をもぎとられた人間の姿」に抱いた複雑な思いとは。

後編【東條英機を見て感じた人情のつれなさ、日本人の便所に来たパール判事…速記者たちが語った「東京裁判」秘話】へつづく

菊地正憲(きくちまさのり)
ジャーナリスト。1965年北海道生まれ。國學院大學文学部卒業。北海道新聞記者を経て、2003年にフリージャーナリストに。徹底した現場取材力で政治・経済から歴史、社会現象まで幅広いジャンルの記事を手がける。著書に『速記者たちの国会秘録』など。

デイリー新潮編集部

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