トラックドライバーの声を全く理解していない…中・大型車「AT限定免許」新設に失望する理由【物流2024年問題】

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プロがMT車に乗れないでいいのか

 物理的な理由として挙げられるのは、現場で未だに存在感を示す「MT車の存在」だ。先述したように、現場ではAT車の割合が増加しているのは間違いない。だが、これは裏を返せば、大型車では約3割、中型車では7割ほどのMT車が存在していることを意味している。

 つまり、AT限定免許を取得したトラックドライバーが誕生した場合、各会社にそのドライバー「乗れない=運転できない車両」が存在することになるのである。

 現場で「技術や知識はあるが、使用しない」のと、「元々技術・知識がない」のとでは雲泥の差がある。ましてや慢性的に人手不足の職種。むしろ選択肢が狭い人より、技術をひとつでも多く持っている人がいる方が、現場はうまく回る。

 ドライバーたちからも、

「AT車はMT車に比べて故障が多い。その際、ドライバーがAT限定免許取得者で、会社にMT車しか残っていなければ、仕事はあるのにトラックもドライバーも動けなくなる」

「自分は普段からAT車に乗っているが、MT車が乗れるうえでAT車に乗るのとAT車しか乗れないのとでは全く違う」

「よく考えたら、あんなに大きなクルマがアクセル踏んだだけで前に進むって怖い。プロならばせめてMT車でクルマの構造を知ったうえでAT車に乗れるようにはしておくべき」

 といった声が聞かれる。

 先にも述べた通り、今回の改正では大型MT免許を取得する場合でもAT車を使用するとされている。そうなれば、新規のドライバーはますますMT車の感覚を得る機会を失うことになるのだ。

 本来、教習所というのは「免許を取得するための場」である以上に「技術を学ぶ場」であるはず。現場でAT車にしか乗らないにしても、職業ドライバーが教習所でMT車の感覚を体に覚えさせておくことは、現代を生きる我々が、学校で歴史を学ぶのと同じくらい、必要不可欠な経験だ。

 こうした「いらない技術は学ばなくてもいい」という論は、大失敗に終わったあの「ゆとり教育」の弊害を筆者に想起させるのだ。

 現在、普通車のAT限定免許を取得した人が、中・大型免許を取得するには、4時間の限定解除講習と技能試験を受ける必要がある。こうした制度を、国や有識者らは「障壁」としたわけだが、これは大きな間違いだ。

 というのも、普通免許しか持っていない人が中・大型のトラックドライバーになるには、その普通免許がMTであろうがATであろうが、どのみち教習所に通うという手間は発生する。そもそも同じAT車であっても、普通車と中・大型車はもはや全く違う乗り物であるため、「普通AT免許をもっていれば中・大型ATにすぐ乗れる」、「障壁は低くなる」、と考えること自体間違っている。

 何より、たった4時間(取得にかかる日数でも2、3日)の講習が「障壁」ならば、その後ドライバーとして日々対峙することになる、荷主の一方的都合による「長時間の荷待ち」は、もはや「エベレスト」であるといえるだろう。

技術向上により失われる安全性

 もう1つ、現場にAT車が普及することで懸念されるのが「安全性」だ。

 機械の自動化や高性能化は、決して「安全」が保証されるものではない。むしろ機械への依存で人の作業が単純化すると緊張感が失われ、漫然運転や作業、最悪の場合は死亡事故に繋がる。自動車でいうと、「AT車普及によるブレーキとアクセルの踏み間違い」はまさにその典型だろう。

 踏み間違い事故では2019年4月19日、東京・池袋で起きた高齢ドライバーによる踏み間違い事故が知られているが、その2日後に兵庫県神戸市にあるJR三ノ宮駅付近で大型バスによる踏み間違い事故が起き、2名が亡くなっている。

 当時の報道によると、その時のバスの速度はわずか10数キロでAT車だった。もしこのバスが、クラッチ操作が必要なMT車だったら、たとえ踏み間違いが起きても犠牲者が出ることはなかったかもしれない。

 こうした大型車による事故について触れると、毎度「クルマの性能は向上している」という声を聞くのだが、大型車が絡む追突・死亡事故は毎日のように起きている。職業ドライバーはどこも高齢化。今でも70代の長距離トラックドライバーや、大型車の運転に不慣れなドライバーが増えていく業界でAT車に一本化していく動きは、果たして正しい道なのだろうか。

 これまで存在したルールや規制は、現場の安全や秩序を守るために作られ、現場もそれを信じて必死に守ってきた。それを、2024年問題の解消のためにと次々に緩和される現状を前にすると、「今までの規制は一体何のためにあったのか」という思いに駆られる。

 ましてや「働きやすくするため」ではなく「人手不足だから」という、結果的にドライバーではなく「荷物目線」の国の対策に、現場は憤っているのではないだろうか。

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