入院中のK機長を目撃して「これは明らかにおかしい…」 羽田沖日航機墜落事故はなぜ1人も起訴できなかったのか【警視庁元鑑識課長の証言】

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とても逮捕状の請求はできない

 5月になったある日、田宮は退院が間近いというK機長の様子を見に病院に出かけた。正式な面会ではなく「お忍び」である。病院に張り込んでいる記者たちに気づかれることがないよう、1人で目立たないように病棟に入った。

「K機長は外科病棟に入院していて、リハビリをかねて病院の廊下をゆっくり歩いていたんですが、その表情はうつろで、視線も定まっていない。まる夢遊病者のようだったのです。それを見て私は『ああ、これはあきらかにおかしい!』と思い、とても逮捕状の請求はできないと考えたのです」

 世間の注目を集めた大事故である。とりあえず逮捕して身柄を検察官に渡し、そこで精神鑑定等を行えばいいとするのが無難な方策だ。刑事責任能力があるか否かについての鑑定は、被疑者が送検されてから検察官が請求するのが一般的なのだ。

 それで世間は納得する筈だが、田宮の考えは違った。自分の目で見てしまった以上、精神が正常でないと思える者を逮捕することはできなかった。

周囲はなぜ見抜けなかったのか

「逮捕前にK機長について鑑定留置の請求をすることはできないか、自分で法令や文献を調べたのです。その結果、司法警察職員は犯罪の捜査において必要があれば、前例がないけれども、鑑定の嘱託をすることが可能だと分かった。そこで担当検察官と協議して、入院中のK機長について“警察が”鑑定留置の請求をして、退院と同時に鑑定留置の場所に収容することにしたのです」(田宮)

 鑑定医は筑波大学の小田晋(現・帝塚山学院大学教授)に頼むことにした。K機長は5月22日、待ち構える報道陣のカメラの放列の中を退院、東京警察病院多摩分院(現在の西東京警察病院)に移された。

 結論から言えば、K機長の鑑定結果は、妄想型精神分裂病(現在の統合失調症)で、犯行時は心神喪失状態だったというものだった。そのため田宮は、彼を逮捕し刑事責任を追及することを断念した。小田晋氏は、鑑定したK機長の様子を今こう振り返る。

「初めて面接した時から、機長は明らかに妄想型の精神分裂病であると感じました。周囲の人々や日航の乗員健康管理室が、どうしてそれを見抜けなかったのか不思議に思ったくらいです」(小田)

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