入院中のK機長を目撃して「これは明らかにおかしい…」 羽田沖日航機墜落事故はなぜ1人も起訴できなかったのか【警視庁元鑑識課長の証言】

国内 社会

  • ブックマーク

棺桶、フィルム、弁当が足りない

 現実的に問題になったのは、棺桶だった。空港署に棺桶の手配を依頼したが、昨日すでに30個以上かき集めて使用しているので、必要な数を集めるのは困難だった。都下の葬儀屋で棺桶の在庫を豊富に持っている店は少ない。仕方なく板を取り寄せて大至急で組み立ててもらった。

 さらに鑑識の写真に使うフィルムも足りなくなった。本部の鑑識課、空港警察署に備蓄されているフィルムが底をついてしまったのだ。仕方なく町の写真屋を回ってフィルムを買い集めた。本部で使用するものは国費、警察署で使用するのは都費と予算上は区別されていたが、そんなことを気にしている暇はなかった。

 捜査員たちの弁当の手配にも苦労した。通常は署側で準備するものだが、人手が足りないので頼むわけにはいかない。鑑識課員に弁当の調達を指示したが、数百単位の弁当を急に調達するのは簡単ではない。担当者は弁当屋や今で言うデパ地下を駆け巡って、ようやく数を揃えた。田宮はこれらの騒ぎを通して大惨事における「兵站(へいたん)」の重要さを改めて認識したという。

 それにしても機長はどこへ行ったのか。混乱する現場を指揮する田宮の頭の片隅に、その疑問が引っ掛かっていた。千切れて胴体にめり込んだコックピットの様子を見る限り、助かった可能性は少ないようにも思えた。しかし遺体の中には確認できなかったのだ。

横井社長逮捕の決め手はバランスシート

 事故発生から1ヵ月後、田宮は刑事部の捜査一課長に昇進した。殺人事件などの捜査を主導、統括する枢要ポストだ。現場で「物」を相手にする鑑識活動から、「人」の捜査への移行である。捜査一課長を担当した期間、田宮はこの2つの巨大事故に関する「人」の捜査に忙殺されることになった。

 まずホテル・ニュージャパン火災では、社長の横井英樹の逮捕に全力をあげた。

 捜査段階で横井の異様なほどのワンマン経営ぶりが明らかになったが、逮捕の決め手となったのは田宮が作成させたホテルのバランスシートだった。

「横井に防災体制の不備を問い質すと、『ホテルが赤字続きだから金がなかった』という答えしか返ってこない。事務所には、1万円以上の支出には社長の決裁が必要だという通達が貼ってあり、ホテルの収支は大福帳経理で行われているだけだった。つまり横井自身しか収支の実態を把握していない。社員によれば利益は出ているはずだという。そこで本当に赤字続きなのかどうか調べることにしたのです」(田宮)

 田宮は経済犯を専門とする捜査二課に応援を頼み、5年前にさかのぼってパランスシートを作成してもらった。段ボール箱に一緒くたに投げ込まれている山のような伝票を整理し、収支を弾き出したのだ。その地道な努力の結果、ホテルは赤字どころか黒字経営で、多額の金が横井の愛人など私的なことに流用されている事実が判明した。

 それで横井の弁解は、すべて通用しなくなった。

次ページ:堂々と連行されることが被害者への償い

前へ 1 2 3 4 5 次へ

[2/5ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。