円安は政府と日銀による究極の国民イジメだった… 野党もメディアもなぜ声を上げないのか
残念ながら、いまの日本は政治も経済も機能していない。岸田文雄総理が4月27日、Xに投降した内容がそのことを如実に映し出している。そこには「いま日本においては30年ぶりに経済の明るい兆しが出てきました。大企業だけではなく中小企業、そして地方、農林水産業、介護、福祉、建設等様々な分野で幅広く賃上げを広げていかなければならない」と書かれていた。
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折しも、前日の26日、日本銀行が緩和的な金融政策を続けると決め、同日、植田和男総裁が会見し、円安は「基調的な物価上昇率に大きな影響をあたえていない」と発言。記者から「(円安による物価上昇は)現時点で無視できる範囲ということか」と聞かれ、「はい」といい切っていた。このため会見中にも円相場は下がり続け、1ドル158円台という34年ぶりの円安水準を記録することになった。
この危機的状況に、「経済の明るい兆し」を見出し、「幅広く賃上げ」と能天気に発言する総理大臣の脳内がどうなっているのか、私には皆目わからない。
私はクラシック音楽業界に関わっているので、円安の影響で、欧米の演奏家や劇場、演奏団体を呼ぶのが難しい、という声を日々聞かされる。招聘コストが何割も増し、チケット代を高くするしかないが、多くの人が物価高で財布のひもを締めている折から、それでは売れない、という悲鳴である。欧米で音楽を学ぶ留学生も激減している。
だが、その程度のことは、円安がもたらす弊害を巨視したときには、小さな一面にすぎない。テレビのニュースやワイドショーも円安を話題にすることが増えてきたが、核心を突く報道は見られない。訪日客にとって、いまの日本は買い物天国だが、日本人にとっては、海外旅行をしにくくなり、海外赴任中の人は物価高に苦しんでいる。日本の店頭でも輸入品の価格は上がっている――。それは一つひとつが事実だが、円安をこうして小さな案件に落とし込んで眺めても、それが私たちにもたらす本質は見えない。
私たちがまず意識しておかなければいけないのは、現在の異常なまでの物価高は円安によるものだ、ということである。
消費税率が3%上がったのと同じダメージ
総務省によると、2023年の消費者物価の上昇率は3.1%で、1982年の第2次オイルショック以来の高い水準だった。生鮮食品を除く食料にかぎれば、上昇率は8.2%であった。日本の食料自給率は、G7のなかで圧倒的に低い38%で、残り62%は輸入に頼っている。また、大量のエネルギー消費国でありながら、エネルギー自給率は11.8%しかなく、88%以上を輸入に頼っている。
テレビのニュースで、「円安なので、肉は輸入品ではなく国産を買うようにしている」という消費者の声を流していたが、視聴者へのミスリードになると懸念する。国産牛も輸入された飼料をあたえ、温度管理のために莫大な電力を消費して飼育されており、円安になれば価格は高騰する。このように、日本は自国の通貨の下落が、ほかの国以上に消費者の生活を直撃する国なのである。
その結果が、昨年の消費者物価の3%を超える上昇率であり、4月29日には1ドル160円を超えたことを考えれば、今年は上昇率がさらに高まると予想される。物価が3%上昇すれれば消費者は、消費税率が一挙に3%上がるのと同じダメージを受ける。
円安のデメリットが理解されにくいのは、円安によって大企業を中心に利益が増えている企業が多いからだろう。2023年3月期、日本経済新聞社の調査によれば、4社に1社が純利益で過去最高を記録した。たとえば、総合商社などではそうした企業が相次ぎ、三菱商事や三井物産は純利益がはじめて1兆円を超えた。
むろん大企業にとっても、物価高による原価の上昇は避けられないが、大企業ほど売上高の増加額が原価の増加額を上回っている。すなわち、大企業は原価の増加分を売上げに転嫁し、消費者に負担させることで利益を得ている。消費税が3%も引き上げられ、それがそっくり企業への補助金に回されているのと、同じことが行われているのである。
また、いうまでもないが、中小零細企業の多くは、物価高による原価の増加分を売上げに転嫁することができず、苦境にあえいでいる。にもかかわらず、「中小企業、そして地方、農林水産業、介護、福祉、建設等様々な分野で幅広く賃上げを広げていかなければ」と軽々しく発信する岸田総理の無知と無責任には(確信的発言の可能性もあるが)、開いた口がふさがらない。
いまの円安が不可抗力によるものなら、静観も必要かもしれない。だが、原因は日米の金利差にあるとわかっている。日銀が金利を上げれば円安は解消されるのに、それを怠っているから円安が進んでいるのであり、それは政策的に誘導された結果である。
自民党派閥の裏金問題を小さな問題だというつもりはないが、金額にすれば数億円の話である。ところが、野党も、メディアも、有権者も、裏金問題を根治しなければ日本が沈むほどの勢いで批判する。あるいは、増税が議題に上がれば猛反発が起きる。ところが、国民が3%を超える負担増を強いられ、そのカネで大企業を助けるという究極の国民イジメが行われても、野党もメディアもなんら声を上げない日本。この国が公民ともに機能していないという絶望感が深まるほかない。
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