こめかみを撃ち抜かれ、指にはエンゲージリングが…「ラストエンペラーの姪」が遂げた心中事件の真相 相手男性が悩んでいた“父親の問題”
部屋に隠していた父親の銃
明子は、武道の懊悩に火をつけた深刻な一件を、慧生から聞かされていた。帰省した彼は、八戸の店舗の一室で、父と女性が一緒のところを偶然目撃してしまったのだという。逆上した彼は咄嗟に、以前から自分の部屋に隠してあった拳銃を手に、家を飛び出したらしかった。
弟の宗朝は、その銃に見覚えがあった。
「父が戦地から持ち帰って、物置に放り込んでいたものです。錆び付いたコルトとか、ほかにも銃はあったんですけど、いつからか、兄は一丁だけを部屋に保管し、油をやったりして丁寧に手入れしていたんです」
武道は、父から分けられた血を思うにつけ、自分が慧生を思う誠意を疑るようになってゆく。死ぬことを本気で考え出した彼は、死の3日前、自由が丘で慧生と会い、一旦思いとどまっている。
このとき八戸から持ち帰った武道の銃を預かった慧生は、新星学寮の穂積に電話を入れたと思われる。応対した夫人が、穂積が風邪で寝込んでいることを伝えると、電話口の女性は「大久保君が……」と言いかけたまま、受話器を置いた。
「死にたいって言ってるのよ」
その翌日慧生は、学校近くの中華そば屋で明子と会った。彼女は、ハンドバッグにしまった銃を見せながら、前夜の次第を説明した。だが、「大久保君が死にたいって言ってるのよ」という表情に、深刻さはなかった。明子は、その場面を鮮明に記憶していた。
「彼女は、あの時点で、大久保さんと一緒に、死のうとは絶対に考えていませんでした。彼はエコちゃんの言うことならなんでも聞く人。大久保君が死にたいと言ったのは、これが初めてじゃないし、私も、大丈夫だと思ったの」
しかし、武道の意志は変わらなかった。12月4日の朝、ふたりは行動を起こした。
まず、手許にあった相手からの書簡を、それぞれ別に梱包して、八戸に住む武道の母宛に投函している。慧生の封には、この日貯金を下ろした目白局の消印がある。
さらに彼女は、穂積宛に書いた手紙もここから投函した。5枚の便箋に綴られていたのは、武道が一身上の理由でずっと苦悩してきたが、最近さらに苦しみを増す事件に遭遇し、生きる望みを絶つにいたったこと。彼に長い間迷惑をかけてきたことをすまなく思うこと。彼のいない人生は考えられず、自分の意志で行動をともにすることなどだった。
この手紙は、事件後すぐに穂積から嵯峨家の手にわたり、行方不明になった。嵯峨家は返却を求める穂積に対し、慧生の遺体と一緒に荼毘に付したと、回答している。
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