青森・八戸出身の青年とピストル心中した「ラストエンペラーの姪」 親友女性が証言した「交際の様子」「忘れられない口癖」

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慧生に課せられた生き方

 またあるときは、お手伝いさんも入り乱れた家庭内の歪んだ人間模様を、苦々しげに語った。名門同士が絶対の条件であった親族の結婚問題も、何度か話題となった。祝福されぬ恋愛を貫き、嵯峨家と疎遠になりながら、平凡だが平安な家庭に収まった人。身分的には申し分ない縁談だが、夫婦間に修羅場を抱える人など。いずれも名門なる仮面を尊ぶがゆえに生じる、皮肉な現実だった。

 初めて武道とふたりだけでリサイタルに出かけた日から1カ月後の7月30日に、明子に送った手紙がある。

「あと四年つきあえば、どうなるかきまるでしょうけれど、やっぱり母は反対だと思います。それを押しきってまで結婚するということは、私はしたくないし、青森氏(編注:武道のこと)にも悪いと思います」

「青森には、けっしてネツなんかあげませんからご心配なく。いたって冷静に観察中。それでは、何らかのご意見おきかせ下されたく候」

 家名と逼迫する生活の狭間で、慧生は成績優秀だった自分に課せられた生き方を、肌で感じ取っていた。いずれ良縁をもって名実ともに、再び家名を盛り立てることだ。

慧生の深奥に居座る索漠とした不安

 明子には忘れられない慧生の口癖がある。

「私は、母から期待されている。だけど妹のように可愛がられてはいない」

 それは慧生の深奥に、黒点のように居座る索漠とした不安だった。戦後、中国大陸で生死の境をともにした母と妹の間には特別な絆があり、自分はそこには入っていけないと、ずっと感じていたようなのだ。

 明子は、その痛みと慧生独特の男性への接し方が、妙に重なるのだと私に語った。妙に大人びていた慧生には、男友だちに対する不安定な距離の取り方があった。気持ちを寄せる男性を、はぐらかすような態度で翻弄するのだ。

「彼女は、多感な時期に親と離れて他家で育ったでしょ。幼いとき、充分に親の愛情を受けられなかった子って、いつも真実の愛を探そうとするものなのね。だからかな、恋人ができると、何度も相手の気持ちを試すようなことをするの」

 武道の目の前で、急にほかの男性と親しげにしだして、ぷいっと一緒に帰ってしまうことが幾度かあった。結果、相手の男性に気を持たせることになり、ふたりの関係はなかなか落ち着かないのだ。

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