マハラジャで活躍後、ロスに移住…DJ TSUYOSHIが「過去の写真を全部捨てた」理由とは

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第2回【「MAHARAJA」は劇団だった…全盛期のサウンドを作った男、DJ TSUYOSHIが語る「マハラジャ伝説」】のつづき

 ユーロビートとパラパラで、バブル期の日本をキラキラに彩っていたディスコ・MAHARAJA(以下、マハラジャ)。第1回では14年前に復活したMAHARAJA ROPPONGI(以下、ROPPONGI)について広報担当の吉田麻里乃さんに、第2回では全盛期のマハラジャをDJ TSUYOSHIさんに語っていただいた。最終回はTSUYOSHIさんの「アフター・マハラジャ」時代について。過去の写真が手元に一枚もない理由とは?

体質改善しないと死ぬよ

 バブル崩壊後、全国のマハラジャチェーン店は徐々に閉店していった。そして32歳になったTSUYOSHIさんは、自分のやりたい選曲で勝負することと、自分のサーフィンを取り戻すことを目標にして、米ロサンゼルスに移住する。渡米後はDJとサーフィンの道を突き進み、各地のディスコを回る人気DJの仲間入りを果たした。

 だが、長年にわたる夜の仕事と西海岸の冷たい海水に体が悲鳴を上げてしまった。米国で腰の手術を受け、20年ほど前に帰国。身長178センチ、体重65キロの超痩せ型で体調を崩しやすく、何種類もの胃薬を持ち歩いていたという。そんなTSUYOSHIさんが激変したきっかけは、現在の妻・ちあきさんだ。

「結婚した時に『体質改善しないと死ぬよ』って言われました。それで暴飲暴食をやめて、彼女の手料理以外はほぼ食べず、早起きして子どもの保育園の送り迎え。そんな生活にちょっとずつ慣れていくと、次は食事で体重と筋肉を増やす。2年くらい経つと食べ物の味が変わって、食べる量が3倍になりましたね」(TSUYOSHIさん)

過去の写真はすべて捨てた

 現在の体重は78キロ。風邪もひかず、気分の落ち込みもなくなったが、ちあきさんの料理が特に凝っていたわけではない。ちあきさんの考え方は非常にシンプルだ。

「おじさんになったら子どもたちと触れ合って、自分が子どもだったことを思い出したほうがいいと思うんですよ。みんなメディアの影響で『健康のためにこれを食べなきゃ』と思い込みますが、そのストレスで体が悪くなることもあるんじゃないかなと。だからまずは朝に日の光を浴びて、子どもと同じものを食べる。ストレスをなくすことを最優先しました」(ちあきさん)

 ちあきさんの”改革“は、TSUYOSHIさんの過去にも及んだ。

「おじさんは思い込みが強いので(笑)、まずそれをぶっ壊して、若者と同じスタートラインに立ってもらいたかったんです。具体的には写真の処分。思い出は自分の頭の中に入れておけばいいし、写真を見ても時間は戻りません。過去にとらわれて『今の自分もこうじゃなきゃ』と思い込むこともある。でも逆に言うと、今の自分にバイタリティがないと、当時の自分を再現することもできませんよね」(ちあきさん)

「写真を8箱分くらい捨てました。この捨てた話をラジオで喋ったら、リスナーさんたちが『いいこと言ってくれた!』って(笑)。同じように過去におぼれてる人たちが多かったみたいですね。今は自分の中にしか過去がないけど、もうそれでいいと思ってます」(TSUYOSHIさん、以下同)

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