戦国時代に比べればマシな現代社会 会社を辞めても「裏切り者」とは呼ばれない(中川淳一郎)

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 4月1日に本稿を書いていますが、この日のネットは面白いです。エイプリルフール関連の投稿や企画は全然面白くないのですが、新社会人に向けた訓示や教訓がものすごく増えるのは面白い。

 大真面目なものから、ふざけたもの、「あるある」系まで多数です。例えば「新入社員の皆さんへ」に始まり、「パワハラについてはノートをつけておきましょう。石の上にも3年、と言いますが、3年我慢して座ってたら過労死します」なんかは非常に現実を表していて、タメになる。

 あとは、「社員がTikTok動画を撮り始めてあなた方を利用しようとしたら注意」やら「どうせ2年で辞める人が多いです」といったものもある。確かにそうなんですよね。都会の場合ですが、学生時代の面接では「御社が第1志望です。御社の活動・商品は社会の役に立っているので、そこの一員になりたいと思いました」などとしおらしく言うも、入社して数カ月もたてば会社や上司の愚痴ばかりこぼすようになり、次の勤務先を探しはじめる。この会社を辞めても広い世界で私はなんとか生きていける、という自信を持つからでしょうね。

 これに対して「愛社精神が足りん!」なんてことは私は思わない。人は自分の所属先を自由に選ぶ権利がある。そう考えると戦国武将や藩士は、いくらイヤな組織でも耐えに耐えたんだな、と感心します。主君を代えたり裏切ったりの斎藤道三などは「マムシ」なんて言われた。キツいから逃げた荒木村重も悲劇的に扱われることはなくもないが、やはりメインは悪者扱い。さすがに主君を焼き殺した明智光秀は希代の裏切り者・悪党扱いされても仕方ないものの、「織田信長からパワハラを受け続けた私の言い分も聞いてください!」などと訴えたら、多少は許せるのではないでしょうか。

 土佐藩士だった坂本龍馬だって、藩からは裏切り者扱いされ続け、許されるまでに長い時間がかかりました。しかも「出奔」や「逐電」というネガティブな呼ばれ方をされた。

 こうしたことから4月1日のネット上における新社会人への助言合戦って貴重な人生訓が多いものだな、と思うのです。

 さて毎年、4月1日は電車の遅延がネットのトレンドワードになります。「千代田線」のように、具体的な路線名が挙げられることもありますが、これは新入社員の影響と考えられる面もあるのです。電車の乗り降りに慣れない新入社員がドア近くで一旦ホームに降りず、外に出たい人を通せんぼしている。そのため遅延が発生する、といった説です。あとは何としても遅刻をしたくないから駆け込み乗車をしてドアに挟まれた、とかもあるでしょう。

 4月いっぱいはこうしたフレッシュな新入社員たちがリクルートスーツ的な出で立ちで歩く姿を見ることになります。その都度ネット上には「あいつら集団でだべっていてウザい」などと書かれる。

 しかし、これは都会だけの話ではないでしょうか。何しろ地方ではスーツを着るような職種は多くないし、採用数も少ない。ここにもネット世論が都会に引っ張られることをしみじみと感じるのでした。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2024年4月18日号掲載

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