「優秀な人材ばかり欲しがるトップは無能である」という真理 台湾企業が示してくれた教訓
いささかイラッとさせられるほど繰り返される転職サイトのCMでは、企業が「人材」を求めていることが強調される。
「えっ! こんな人材が!」
「こんなにスカウトが!」
しかしながらよく考えてみると、そもそも企業がそんなに人材を重視しているのならば、なぜこんなに転職希望者がいるのか、なぜ転職先に空席があるのか、という疑問も生じるのである。
企業のタテマエと本音には大きな開きがある、と指摘するのは、かつて企業の経営再建などに携わってきた編集ディレクターの桃野泰徳さんだ。その問題点とは――。
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4月1日、多くの企業が新入社員の入社式を行い、その様子がさまざまなニュース番組、新聞記事で伝えられた。業績が好調な企業はここぞとばかりに、いかに新入社員を大切にしているかをアピール。
初任給大幅アップ、一時金をプレゼント等々。特に保険会社や銀行などは、金銭面での優遇をアピールする企業が目立つ。一般の顧客からすれば、こっちに還元しろよと言いたくなるところだが、そんな声は気にならないようだ。
とにかく人手不足のなか、「わが社は人材を大切にしています」とアピールすることが、次の採用にも有利に働くという計算が透けて見える。
大企業でも中小企業でも、「人材こそが重要だ」という点に異論をはさむ人はいないだろう。
一方で、企業側は本気でそう思っているのか、「人材」という言葉の意味を理解できているのか、と厳しい指摘をするのが、編集ディレクターの桃野泰徳さんだ。
「もちろん人材を大切にすることは重要です。しかし、日本企業のトップはどこまで本気でそう思っているのか、その点は怪しいと感じることが多々あります」(桃野さん)
桃野さんはかつて大手証券会社に勤務し、企業の再生に携わってきた経験を持つ。そうした経験をもとに著した新書『なぜこんな人が上司なのか』には、「優秀な人材を欲しがるのは無能の証である」と題された章がある。そこで紹介されているのは、かつて桃野さんが台湾を訪れたときのエピソードだ。
2010年ごろ、桃野さんは台湾のある大手部品メーカーを訪問した。同社のCEOは台湾人だったが、副社長は日本人。
流ちょうに日本語を話すCEOは、松下幸之助の本(原著)で日本語を学んだという。発音は副社長から教わった。
桃野さんが、副社長が日本人であることに驚いたと語ると、二人はここまでの経緯を語り始めた。
要約すると、こういうことだ。
副社長は、もとは日本の大手家電メーカーの技術者だった、しかし2000年代初頭にリストラされて、現在のCEOに拾われた。
CEOは言葉を継いで、「日本の経営者は、技術者を安く考え過ぎている」「人を大事にする本質を見失っては、国も企業も立ち行かない」と、松下幸之助を引き合いにしながら、自身の経営思想を熱く語り始めたという。
なおこの副社長は、CEOの期待に応え、会社に多大な貢献を果たし、日本向けの製品でも大きく売り上げを伸ばしている。
ここで桃野さんはこう感じたという。
「なんのことはない、日本企業は中高年の厄介払いをしたつもりになって、競争相手にこれ以上はない技術と技術者を無償提供していたのである」(同書より)
この後、他の台湾企業を回り、経営者と会って危機感をさらに募らせたという。
人を負債だと考えていないか
日本企業のどこがおかしいのか、改めて桃野さんの見解を尋ねてみた。
「採用の際には、人材こそ宝だといったことを経営者は言っていますが、本気でしょうか。この数年、よく聞こえてきたメッセージは『解雇規制を緩和すべきだ』『国際競争力を高めるために定年年齢の引き下げを』といったものではありませんでしたか?
本音では人を資産ではなく負債であると考えているリーダーの発信が目立ってはいませんでしたか?」
しかし、「働かないおじさん」が山ほどいれば生産性は上がらないだろうし、若手もやる気はなくなる。その意味では経営者側の考えも理にかなっているのでは――。
「経営者側のメッセージには一面の真理はあります。しかし、少なからぬ経営者が『優秀な人だけを集めれば会社はうまくいくのに』という、情けない考えを持っているのではないでしょうか。
これは間違いです。断言します。
優秀とされる人だけを残しても組織は強くなりませんし、逆に凡人とされる人だけを集めても弱い組織になるわけではありません。
組織の強さとは、リーダーの強さと覚悟が反映するものです。かりに『ウチの会社には国際競争力がない』と思うリーダーがいるとすれば、それは『あなた自身が世界で戦う器ではない』ということに過ぎません。
優秀な人材を欲しいと思うのは人情でしょうが、それは普通の真面目に働く人を安易に切り捨てることにつながりかねません。現に台湾で出会った日本人の副社長は、そうした方針の結果として、日本を去ることになったのです。
優秀な人材がいないことを嘆く前に、自身のもとにそうした人が集まってこないこと、人材を適切に育成できていないことを謙虚に見つめるべきではないでしょうか」