5歳の時に捨てられた母親の死をきっかけに、夫は年下妻に隠れて化粧を…妻に「変態」と言われてもやめられない“心境の変化”

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「鏡の中で母に会えるかもしれない」

 その日の夜だった。眠れない彼は若いころの母の写真に見入っていた。なにげなく鏡を見ると、母の写真に似ていると実感した。

「そりゃそうですよね、親子ですから。でもそのとき僕は、化粧してみようと思ったんです。鏡の中で母に会えるかもしれないと」

 ぐっすり寝ている妻を気にしながら、彼女がいつも使っている引き出しから口紅を取り出してつけてみた。高校時代、演劇部に属したことのある彼は、ある程度、化粧をすることができた。

「眉を調えてマスカラもつけてみました。それで写真を見たら、やはり母に似ている。なんだかうれしくなりました」

 翌日、百円ショップに行って、一通り化粧品を揃えた。深夜、今度は洗面所でせっせとメイクにいそしんだ。雅明さんの自宅はマンションで、洗面所の引き戸に鍵をかけることができる。妻の目を気にせず、彼は思いきりメイクをした。鏡の中に母がいた。

「写真の母は、落ち着いたブルーの花柄のワンピースを着ていました。そういう服があるかどうかネットで探して。似たようなものを見つけたときはうれしかった。僕に着られるかどうかはわからなかったけど買ってみました。最寄り駅前のコンビニに届くように設定して」

妻に衣装が見つかった…

 そうやって彼は「母に似た女性」になるために努力を重ねた。それから数週間、かつらも用意し、「女装」した彼は夜中に外に出てみた。いくら自分で母に似ていると思っても、「怪しい容姿」なのはわかっている。それでも「母」を外出させたかった。

「僕が母と一緒に歩きたかったのかもしれません。自分でも奇妙なことをしているとわかっていた。だけど母と同じような恰好をすると安心するんです」

 ある日、雅明さんは、妻の兄である高野さんの自宅近くまで行って公園に呼び出した。もちろん女装姿だ。高野さんはすぐそこまで来ているのに雅明さんに気づかない。ここだよと彼は言った。

「高野が飛び上がって驚いていました。店に入る勇気はないので、ベンチに座って缶コーヒーを飲みながら、これまでのことを話したんです。高野はじっと聞いてくれました。『千芙美を紹介したのは失敗だったかもしれない。ごめん』と高野は言った。それはもういいよ、なんとかうまくやっていくよと答えました。高野は僕と母の写真を見比べて、『おまえ、けっこうイケてるな』と笑ってくれた。そして僕をじっと抱きしめて……なぜかキスしてしまったんですよ。あれは何だったんだろうと思うけど、性別を超えた人類愛だったと思うことにしています」

 ふたりとも同性に恋愛感情を持ったことはなかった。それなのに、なぜか吸い寄せられるように唇が合わさった。最後にまた抱きしめ合って別れたとき、雅明さんの心はとても落ち着いていた。

「ところが数日後、千芙美が僕の女性用の衣装を見つけてしまったんです。コロナ禍以降、リモートワーク用に、自宅の3畳ほどの物置部屋に机を置いていたんですが、そこに衣装ケースを置いて洋服を隠していたんです。その部屋は掃除しなくていいと言っていたのに、千芙美が入った。買ったばかりの全身用の鏡も置いてあった。しかも千芙美が『これ、どういうこと?』と出したカーディガンには、口紅がついていた。高野といちゃいちゃしたときについてしまったみたいで……」

 千芙美さんは「女になりすまして、女と浮気してるの?」と言いだした。雅明さん自身、何がどうなっているか整理できない状況だった。誤魔化すこともできたかもしれないが、彼は「オレにもわからない」と言った。

「千芙美に言われたんです。『変態!』って。なんだかピンとこなかった。理由はともあれ、女性用の服を着たら変態なんですかね。でも言われてみると、僕は母に会いたかっただけなのになぜ写真で我慢できずに自分が女装したのか、その姿でどうして高野に会ったのか、まったく説明がつかないような気もする。千芙美とはそのとき、それ以上話しませんでした」

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