推測記事で好き放題期待をあおりまくる「スポーツ紙」はさすがです(中川淳一郎)

  • ブックマーク

 野球の報道を日々ネットニュースで見ていますが、前シーズン終了後のストーブリーグとキャンプ・オープン戦こそが、実は一番報道として盛り上がるのではなかろうか……と今は思っています。何しろ、人間にとって最も興味深い「人事」が10月から3月下旬まで日々展開されるのです。FA、トレード、解雇、ポスティングなどなど……。実際にシーズンが始まってしまえばあまり人事異動はなくなり、淡々と試合結果が報じられ、ニュースターの活躍で盛り上がる程度。

 シーズン終了後は「来シーズンはどうなるんだろうか! 山川穂高を獲得する球団はあるのだろうか! 山本由伸はどこのMLB球団に行き、いくらのカネを手にするのだろうか! 大谷翔平はどこのチームに移籍するのだろうか!」みたいな「臆測」が盛り上がるわけですね。

 その際の記事には(MLB関係者)やら(エンゼルス関係者)やら、誰だよお前、的な人物が登場し、記事をより面白くしてくれる。そしていざ所属が決まると「最強打線完成!」みたいな話になり、再び盛り上がるという構造です。

 日本のプロ野球にしても、「阪神タイガースのレフトはノイジーか、前川か、はたしてミエセスか」みたいな推測記事で読者の興味をあおるあおる!

 これって海外旅行に似ているような気がするんですよね。私は毎年のように海外に行きますが、まず楽しいのはどこの国に行くかをネット情報を基に検討している段階です。行く先が決定し、飛行機と宿を決める時も楽しい。そして、数日後に日本をたつ、という時にワクワク感が高まりまくり、国際空港行きのバスやらタクシーを経て、ラウンジでビールを飲んでいる時にワクワク感がMAXになる。

 しかし、イザ当地に着くと、テンションは下り坂です。というのも、そこから先は旅行の時間が減る一方なんですよね……。半年以上この日を楽しみにしていたというのに、旅行が始まってしまうと非日常的生活の終了と日常へのカムバックに向けたカウントダウンだけになってしまう。

 これが野球と同じなんですよね。私は阪神が好きなのですが、「阪神・前川が“当確”『開幕左翼』争いに終止符打つ二塁打2本! 岡田監督も右投手には『前川使うよ』」(スポニチアネックス3月24日)という記事がオープン戦最終日に登場。

 となると20歳の若きスラッガー候補・前川右京がこれから阪神のレフトのレギュラーなのだとワクワクするワケですね。実際、シーズンが始まるとキャンプやオープン戦の成績なんてアテにならないのに、シーズン前はスポーツメディアが好き放題期待をあおりまくる! まぁ、ポジティブな情報を出す分には誰も不幸にならないのでいいのですが、過度な期待をあおり続けた挙句、ボロボロの結果になってしまう弱小球団のファンの皆様におかれましては、この手の報道には秋に文句を言いたくなるかもしれませんね。

 秋以降再びポジティブ過ぎる報道が出てプラマイゼロになるのか。かくして一年中売れるビジネスモデルを作れたのでしょう。さすがです、スポーツ紙。われわれ雑誌も見習いたい。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2024年4月11日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。