大谷「ホームラン」を支えたロバーツ監督の危機対応能力

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 通訳の水原一平氏の問題では、多くの大谷翔平ファンが心配をし、やきもきすることとなった。過去、数多くのスターを抱えてきた人気球団であるドジャースの対応が意外と後手に回った、あるいは下手クソだったという指摘もある。

 一連の経緯とそこから学べる教訓について、企業の危機管理コンサルティングを行ってきた株式会社リスク・ヘッジの田中優介代表取締役社長が寄稿してくれた。

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大谷選手は八つの力を存分に発揮していた

 危機管理の問題が議論されるのは、大抵、何らかのトラブルやアクシデントが起きた後です。直近では、水原一平氏の違法賭博問題、小林製薬の紅麹サプリ問題、自民党の政治とカネの問題等々。

 こうした局面で、対応を誤った場合に「危機管理能力」「危機管理体制」が問われるわけです。

 しかし実際には、私たちが日々生活をしていく中でも危機管理能力は必要なものです。むしろ、それを適切に用いているからこそ、大きなトラブルなく日々を過ごせていると考えたほうがいいでしょう。毎日、平凡な日々を大過なく送っていると感じている皆さんは、実は意識せずに立派にご自身の「能力」を発揮していらっしゃるのです。

 その能力とはどのようなものか。

 私は、講義などでは「危機管理で失敗しないためには、“生存競争能力”が大切です」と説明するようにしています。

 危機管理を成功させるには危機管理の理論や経験が必要ですが、それだけでは十分といえません。生存競争に関連する能力を発揮する必要があるのです。それは以下の八つです。

 (1)共感力(他人の感情を理解できる能力)

 (2)通意力(他人と意思や情報を共有できる能力)

 (3)協働力(他人と協力して物事を進める能力)

 (4)親和力(苦手な相手とも適切な人間関係を構築する能力)

 (5)発動力(必要と思われる事柄に自ら進んで行動を起こす能力)

 (6)確動力(当たり前と思われていることを当たり前に行う能力)

 (7)論理力(物事を筋道立てて考えたり語ったりする能力)

 (8)創造力(斬新な発想で新しい物事を生み出す能力)

 危機管理の理論を学び、仕事の面では優秀な方でも、生きていくうえで必要なこれらの能力が欠けていると、地雷を踏んでしまうことは珍しくありません(詳細は拙著『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』)。

(1)(2)の欠如が分かりやすいでしょう。

 食中毒、顧客情報の漏洩といったトラブルが発生した際、企業が取るべき対応策はある程度限られています。大企業ならば、対応マニュアルも存在しています。

 ところが、記者会見でトップが不用意な一言を言ってしまって、事態の収束が遅れてしまうなどというケースは珍しくありません。この場合、そのトップには(1)(2)が欠けているわけです。つまり「なぜ消費者が怒っているか」「どう伝えれば怒りを鎮めてもらえるか」といったことへの理解力が無い。職業差別発言で辞任することになった静岡県の川勝知事は直近の代表でしょう。

 大谷翔平選手について言えば、あくまでも外野から見た立場で申せば、若くしてこれら八つをきちんと備え、発揮している方だという印象でした。

 抜群の成績だけではなく、これらの能力がきちんと機能していることも、彼をスーパースターにした要因だったと考えます。

 しかし、水原氏の違法賭博問題以降、どこか歯車が狂っているように見える場面があるのも事実です。

大きな環境の変化

 違法賭博問題以外にも、ここ最近の大谷選手には環境に大きく変化をもたらすことが続きました。右ひじの手術、チーム移籍、結婚です。

 こうしたことによって、(2)通意力と(5)発動力を発揮しづらくなっていたのではないでしょうか。

 水原氏が突然解雇されたことにより、どこかベンチ内でのコミュニケーションが以前ほど円滑に進んでいないように見える場面がありました。ポツンと一人でいる場面が放送されたこともあります。

 渡米後の通意力のかなりを担っていたのが水原氏だったので、これは当然でしょう。

 また、現状、水原氏の穴を埋めるための行動がスムーズに進んでいるかという点にも疑問が残ります。つまり発動力が発揮できていない。

 強調しておきますが、これらは彼の落ち度でも何でもありません。

 個人的にはドジャースが“チーム大谷”を最初からもっと精緻な形で編成しておく必要があったし、違法賭博問題発覚以降はより戦略的な“チーム戦”を意識するべきだったと考えます。金銭の管理や法務関係のサポート、データ野球の補佐役やメディア対応などを担うチームの発足が不可欠なのです。

 見過ごされがちですが、水原氏をあまりにもスピーディーに解雇してしまったこと自体が、大谷選手のためになっているのかという視点も持っておくべきでしょう。もちろん、「疑わしきは罰せず」を貫いて、大谷選手の傍に置いておけ、などと言いたいのではありません。

 しかし、一般論でいえば、不祥事を起こしたからといって、いきなり「外部の人間」として放り出すのはデメリットがある点は組織人であれば知っておいたほうがいいことです。企業では、処分が決定されるまでは雇用を続けるケースも珍しくありません。その間に事情聴取や実態調査を行うからです。

 解雇により、水原氏はフリーになってしまったので、自由に発言し、動き回れることになりました。当局の捜査に協力せよといった命令を球団側が下すことはできません。

 さすがに彼が保身のために、大谷選手を陥れるような言動を取るとは考えたくないのですが、危機管理上はそうしたリスクも想定する必要があります。

メディア対応もチームで臨むべき

 また、これを機に、通意力の増強を検討してみるのもいいのではないかと思います。これまでも決してマスコミを通じての発信をしていなかったわけではなく、試合後に丁寧に囲み取材には応じてきました。ただ一方で、良く言えば簡潔、ともすれば素っ気ないやり取りになっていた面もあるように感じます。

 肘の状態、あるいは結婚といったテーマについては極端に言葉数を少なくしていたのではないでしょうか。

 こうした意見に対して、日本のファンからは「野球以外のことに気を使わせるな」といった声が発せられることもあります。実際に、日本だけを考えれば仮に「野球に専念したいのでシーズン中は喋りません」と主張しても、大谷選手ならば通りそうな感じもあります。

 しかし、まず考えるべきは、現地アメリカの記者たちとのコミュニケーションです。彼らからすれば、肘の状態であろうと、結婚であろうと、特段に隠すテーマだという感覚はないのでしょう。

 むろん、何でもさらす必要はまったくありません。例えば、「肘は完治していますが、知らず知らず庇ってしまいます」とか「愛する人と暮らすのは幸せですが、それだけに気を使う瞬間も多々あります」など、これまでよりもほんの少しだけ、人間味というか感情が伝わるようなコミュニケーションを意識してみるのもいいでしょう。それも本人の負担になるのならば、メディア対応を担うチームのメンバーが尽力すればいいのです。

 こうしたことが、アメリカのメディアに対して日常的に無理なく行われることが、結果としてプレイする際の環境を良くすることにもつながるでしょう(幸い、最近の会見では、このあたりのことに配慮しているように見えます)。

 超人的な能力を誇る大谷選手であっても、最初に述べたような環境の変化の影響を受けるのは自然なことです。企業コンサルティングの場面では、よく経営者の方々などに対して、心の中に「言葉の壁」を築くことをお勧めしています。これは常に心に置いておく言葉、モットーのようなもののことです。また、謝罪会見など平常心を保てない場面では、その時点で肝に銘じておくべき言葉を「壁」として築くよう、ご提案するようにしています。

 幸いなことに、ドジャースのロバーツ監督にはそうした意識があるようです。今季第1号ホームランを打った試合の前、大谷選手は監督に「自分らしくいれば、それでいい」と声をかけられ、それで気が楽になった、と明かしています。これは実は、「言葉の壁」の好例です。

 環境が大きく変わったり、トラブルに直面したりすると、自分が何を大切にしているのか、自分は何のために働いているのか、といった基本的なことを見失いがちです。そのような時に備えて、普段からご自分なりの「言葉の壁」を心に持っておくことをお勧めします。

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