【叡王戦】藤井聡太八冠が伊藤匠七段に勝利 「2強時代の到来」を予期させる名局を解説
緊迫した力戦
叡王戦第3局も名古屋市での開催だ。愛知県瀬戸市出身の藤井は、開幕戦を「地元で迎えるのはうれしかった。終盤はかなり難しいところが多かったが、充実感のある将棋を指せた」と満足そうだった。歩を連打して相手の飛車を吊り上げたりする一つ一つの細かい一手にすべて意味があった。簡単そうな手でも一つ手順が違うと意味を為さない。藤井の手は後で驚くほど有機的に結びついてくる。本局はそうした大局観や構成力が一段と光っていた。
加藤九段が「『もしかして最後の局面まで研究済みなのではないか』と思えるくらい、鮮やかな勝ちっぷりでした」(同前)と語っている通り、単に「鮮やかな詰め」とか「速い寄せ」とかいうだけではなく、大局観が秀逸だった。
解説者が驚嘆の声を上げるような一手があったわけではない。聞き役の貞升南(さだます・みなみ)女流二段(37)に対して、中村八段は終始「難しい」と険しい顔をしていた。ABEMAで交代で解説していた石田直裕五段(35)は「内容が濃い。新年度最初のタイトル戦ですが、早くも一番の名局と言ってもいいのかもしれませんね」と感嘆していたが、同感である。
藤井聡太という棋士は相手のミスで勝った時は決して嬉しそうではない。昨年10月、京都での王座戦第4局で八冠を達成した時は、挑戦者の永瀬拓矢九段(31)の土壇場のまさかのミスで大逆転したが、近くで見ていても嬉しそうではなかった。
今回は相手の凡手や失着で勝ったわけではない。早々に「定跡」から外れ、最後の最後まで緊迫する素晴らしい力戦。そして「一日の長」で何とか勝った。藤井は伊藤がそんな価値ある将棋を指してくれたことが嬉しかったのだろう。それが「充実感のある将棋が指せた」の言葉になっていた。感想戦でも、いつも以上に弾んだ声が聞こえていた。
急激に力をつけた伊藤
伊藤は敗れたが、今回の叡王戦の一局は、近い将来、将棋界が藤井聡太と、その藤井を小学生時代の全国大会で破って大泣きさせた伊藤匠の「2強時代」がやってくることすら予感させるに十分だった。
藤井は4月10日から椿山荘(東京都文京区)で始まる名人戦七番勝負で、久しぶりにタイトル戦に登場した元三冠の豊島将之九段(33)の挑戦を受ける。抱負を聞かれた藤井は「対局が続くので体調に気をつけたい」と話していた。
伊藤は名人戦には遠い。棋力の問題ではなく、まだ伊藤が名人戦順位戦でC級1組にいるからだ。毎年度、A級のリーグ優勝者が挑戦者になる名人戦。伊藤が毎年昇級したとしても、まだ4年間は名人への挑戦者になる資格がない。ここ1、2年で伊藤が急激に強くなったことの裏返しでもある。
いずれにせよ、伊藤が3つのタイトル戦に挑戦者として登場したのはものすごいことだ。4月20日の第2局(石川県加賀市「アパリゾート佳水郷」)からの奮起を期待したい。
(一部敬称略)