【叡王戦】藤井聡太八冠が伊藤匠七段に勝利 「2強時代の到来」を予期させる名局を解説
藤井の巧手
中村八段は「序盤は千日手をめぐる攻防、千日手をお互い回避した中盤は、玉頭を攻めて伊藤さんが有利に運んだが、中盤はAIの(複数の)候補手のパーセンテージがほとんど変わらない難しい将棋でした。『5五歩』はやはり『8七歩成』と攻めるべきだったかなと思います」と感想を話した。
地味な手だが、藤井の巧手の一つは、終盤に「藤井玉も詰むのでは」と中村八段らが検討していた段階の97手目に「7七」に桂馬が跳ねた一手だった。これで桂馬がもともと居た「7九」に玉が一つ下がって逃げられる。これで伊藤は相手に駒を渡さずに攻めることができなくなった。相手はどうしても跳んできた桂馬への対応を考えてしまいがちだが、跳んだ後の「空地」に玉が逃げられることが藤井にとって重要だったのだ。
柔軟な頭脳には本当に感心させられる。
100手目あたりで伊藤は持ち時間を使い果たして「1分将棋」になったが、藤井は10分残していた。叡王戦は1分未満で指せば消費時間に加算されないストップウォッチ方式ではなく、秒単位で加算されるチェスクロック方式。この戦いで最終局面でのこの差は大きく違う。大長考しながら最後には帳尻を合わせて有利に展開する藤井の持ち時間の使い方もますます冴えてきた。
差が縮まった両者
藤井はこの日の昼食に名物の「ぽんきし」(スッポンの肉入りスープをかけたきしめん)を食べた。いつだったか、この会場での叡王戦で「ぽんきし」を食べた藤井は、終局直後のインタビューで昼食の感想を聞かれた。律儀な藤井は料理の名前を言わなくては失礼と思ったのか、思い出そうと長時間、沈黙してしまったことが懐かしい。今やここでのお気に入りの「勝負飯」になったようだ。
敗れた伊藤は、これで対藤井戦が引分け(持将棋)1つを挟んで11連敗になった。とはいえ、今年の棋王戦第1局で持将棋に持ち込む技術が高く評価された伊藤は、2023年度将棋大賞の升田幸三賞を獲得している。
数字的には藤井に一方的に水をあけられている印象だが、加藤一二三九段(84)はこの日の叡王戦を見て「昨年秋の竜王戦で初めて同学年頂上対決をした時に比べ、差は縮まっています」(日刊スポーツ4月8日付「ひふみんEYE」)と伊藤を高く評価している。
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