「仕事にやりがいを感じる」は5%で145カ国中最下位! なぜ日本の会社員はやる気を失ったのか
大企業の社長の選ばれ方に問題が
社員をコストと見なし、前向きな設備投資も行われない職場環境で、社員がやる気を持てるはずがなく、独創性のある良い商品が生まれるわけもありません。そこで、少なくない日本企業は、「安さ=正義」だとしてある牛丼チェーン店のワンオペに象徴されるように、徹底的なコストカットによる「安さ勝負」に出ました。その結果、商品の値段はどんどん下がり、薄利多売で売り上げも伸びず、当然、賃金も上がらないというデフレスパイラルに陥ってしまったのです。
しかし、繰り返しになりますが、縮み経営から抜け出すチャンスがなかったわけではないのに、日本の企業は縮み経営を続けてしまった。その要因のひとつは、日本の大企業の社長の選ばれ方にあったと私は考えています。
私は「日経ビジネス」時代の1997年ごろ、「新社長登場」というコラムを担当していたのですが、大企業の新社長の決まり文句は以下のようなものでした。
「前任の社長からご指名を受け、はじめは『私なんかが』と気後れしたものの、今の困難な状況を考えるとお引き受けさせていただくしかないかと……」
つまり、前任者に指名された新社長は、前任者の経営方針を否定するわけにはいかない。その前任者の経営方針、それこそが縮み経営だったのです。こうして、「縮み経営スパイラル」が断ち切られることなく、コストカットそのものが経営者の中で自己目的化していき、「社員=コスト」という考え方が蔓延(はびこ)って、社員のやる気は奪われ続けたのです。
「似非成果主義」
もちろん社員のエンゲージメント、やる気を上げる要素は賃金だけではありませんが、賃金が大きなそのひとつであることは否定できません。働いても、働いても、賃金が上がらなければ、当然のことながら「独創的な良い商品を作り出そう!」というモチベーションは湧いてきません。失われた30年の間、賃金が上がっていた欧米や韓国と違い、日本の賃金がほとんど横ばいだったことは皆さんご存じの通りです。
そして、コストである人件費のカットの道具として“利用”されたのが、かつてもてはやされた「成果主義賃金制度」です。日本の企業の特徴であった終身雇用のもとでの年功序列賃金制度は悪平等ではないか。働いてもいないオジサンが高い賃金をもらって、能力のある若者が低賃金なのは理不尽である。そうした不満をすくい上げる形で、各自の成果に合わせて賃金を決める成果主義が多くの企業で導入されました。
しかし、そこには“わな”があったのです。実際に成果主義が導入されると、「特A」の飛びっきりの成果を上げた社員以外、すなわち大方の社員は「成果を上げられていない」と判断されて賃金が上がらなかったり、カットされたりしてしまったのです。
私はこれを「似非(えせ)成果主義賃金制度」と呼んでいます。成果主義の美名のもとで賃金を抑えられ、その上、不満を持ちながらも何とか頑張ることができるための“保険”のような制度であった終身雇用も崩れていった。このような環境で、やる気を出せというのは無理な話です。
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