坂本龍一はなぜ「35mmフィルム上映」を熱望したのか 音響監修を務めた“新宿の映画館”がこだわること
フィルム上映を続ける意味
――坂本さんはこの映画館での35mmフィルム上映も希望されました。
「35mmフィルムの映写機文化を継承してほしい」と、ミーティングの時にはっきりとおっしゃっていました。「音楽業界はカセットテープが再び盛り上がっている。最初は一過性のものかと思ったけれど、どうやらそうじゃない。これだけデジタル化した社会で“tangible(タンジブル、実態がある・触れられる)”なモノ自体の価値がやはり見直されている。それは映画も一緒だと思う。だからフィルムの映画に触れられる機会をぜひ作ってほしい」と。
我々としても、このままフィルムが失われたらどうなるのかという思いがありました。今の子どもたちは、一度もフィルムで観たことがないまま育ちます。弊社の映写技師もいなくなっていくなか、状況をどうにかしたいという気持ちがある一方、新しい映画館へのフィルム上映の導入はなかなか決断できなかったのです。そこを坂本さんに後押ししていただいたような部分もあります。
――フィルム上映は具体的にどのような効果をもたらすのでしょうか。
おそらく坂本さんには、若いクリエイターへの支援という観点もあったと思います。昨年にクリストファー・ノーラン監督の過去作をフィルム上映した際は、20代から30代のお客様が中心でした。若い映画ファンでフィルム上映を求めている方に多くご来場いただく様子を見て、坂本さんが求めていたのはまさにこういう状況だったのかもしれないと感じます。
また、クリエイターの方々にはフィルムの愛好家も多くいらっしゃるので、今後もそんなクリエイターの方たちの作品を受け止める場所として、フィルム上映を続けていかなければと考えています。定期的に続けていく仕組みの継続が、当館にとって今後の大きなチャレンジです。現在は弊社のベテラン映写技師にお願いしつつ、若いスタッフにも技術の継承を始めています。
ついに叶わなかった来場
――改めてお話をうかがうと、この映画館に向けた坂本さんの熱意を強く感じます。
おそらく、そういった思いで取り組んでいただいたと思います。訃報の後、最後まで取り組まれたプロジェクトがかなりの数に上るということを知り、本当に驚きました。その1つ1つに最後まで全力で取り組まれて、その中に我々のプロジェクトも入れていただいて。改めてすごい方だと感じました。
――しかし、完成した映画館を坂本さんに見ていただくことは叶いませんでした。
オープン前年の秋くらいから、何度かご来場に向けて調整していただきました。もちろん我々も体調の問題は存じていたので、事務所の方にご来場いただき、当日の動線を確認するなど細かく調整させていただいたこともあります。ですが「今回は少し難しい」ということが重なり、最終的には訃報が届きました。
追悼記事などを読むと、感謝の気持ちが改めて湧いてきましたね。大変な状況でも協力していただき、体調がすぐれないなかでもラウンジと開場時、映画上映前の楽曲と、最高の3曲をつくっていただきました。それも、我々がお願いさせて頂いた期日までに届けて頂いて。当然ではありますが、本当にプロフェッショナルな方です。
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