坂本龍一はなぜ「35mmフィルム上映」を熱望したのか 音響監修を務めた“新宿の映画館”がこだわること
前編【坂本龍一は「そのままの音をそのまま出す」ことを目指した 音響監修を担当した“新宿の映画館”に遺したもの】からのつづき
坂本龍一氏の死去発表から12日後、2023年4月14日にオープンした映画館「109シネマズプレミアム新宿」。坂本氏が音響監修を務めたことでファンの聖地にもなっている場所だが、ここにあるのは思い出や感傷だけではない。“次の世代に渡すべきバトン”として、坂本氏が本当に残したものとは何なのか。同館の支配人であり、開発時に坂本氏とのミーティングに参加した経験を持つ廣野雄亮氏に話を聞いた。
***
【写真】まるで高級ホテル…現実と映画の世界のはざまにあるようなラウンジ
観客の耳を「開いた状態」にする
――坂本さんが「曇りのない正確な音」を目指された根本的な理由は何だったのでしょう。
エンジニアの方々から伺ったお話によれば、坂本さんはそれまでのお仕事でも「スピーカーの存在を感じさせない」ことを重視されていたそうです。音楽作品の音をいかに「そのまま」出すのか、スピーカーで色づけされていない音色をいかに再現するかということを大切にされていると。
そのため、当館もそれを重視する方針に至っています。そうしてエンジニアの方々と詳細を詰めさせていただく過程では、「本来の音をそのまま聴衆に届ける」という点で、坂本さんほど神経を使われた方は他にいないのではと感じました。スピーカーの存在が消えることは、音楽と環境が同化するということでもあると思います。その思想は当館の設計においても重要な観点となっております。
――ラウンジ(鑑賞者が利用できるウェイティング用ラウンジ)で流れている坂本さんの楽曲も、見事に環境と同化しています。
坂本さんとのミーティングで目からウロコだったのは、良い音の映画館をつくる前に、「観客の耳が開いた状態でなければいけない」という言葉でした。「耳が洗われた状態じゃないと、良い音を出してもそれがわからないですよね」と。お客様は雑踏を抜けて来場されるので、耳にしているノイズは相当なものです。
「耳をリセットできる、耳が開く無音室のような場所ができたらいいですよね」というお話もありましたが、物理的な事情で実現できず、代わりにラウンジで耳を休めていただくのはどうだろうという流れになりました。そこで依頼させていただいたのがラウンジ用の楽曲です。
初めてラウンジで楽曲を聴いた時、「耳が開く」とはこういうことかと実感しました。人間の耳は自分が思っているよりも様々な音を拾っていて、意識して音を選択しているということに気づいたのは、坂本さんとのお話がきっかけです。周囲の音に注意を払うだけで、感じる世界がかなり変わるという体験は初めてでした。
[1/3ページ]