映画「アイアンクロー」 鉄の爪・エリック一家とブルーザー・ブロディの知られざる関係とは
40年前に襲った悲劇
映画「アイアンクロー」は、ケビンの視点に沿って語られる。日本の雑誌におけるインタビューを引用すれば、今まで獲得したタイトルを聞く質問に、
〈よく聞かれるけど、いつも答えないんだ。だって僕が倒したレスラーのことを傷つけることになるもの」(「週刊プロレス」1983年11月15日号)
と返している。映画の中でも、ケビン役のザック・エフロンの好演もあり、彼の素直で優しい心根が非常によく出ている。
そのケビンを絶望させる最初の悲劇が起こったのが、冒頭で触れた1984年2月10日だった。三男、デビッドが日本で客死したのである。わずか25歳で亡くなったデビッドは身長201センチと、兄弟はもちろん、父をも超える長身であり、加えてこんな評で知られた。「ケビンやケリーはどこか神経質なところがあるが、デビッドは豪放磊落で、兄弟で一番プロレスラー向き」。
同映画の公式HPにも明示されているこの客死の詳細は以下だった。
全日本プロレスが管理、PWFが認定しているUNヘビー級選手権を地元のダラスで奪取したデビッドは2月9日に来日、23日には蔵前国技館で天龍源一郎の挑戦を受けることになっていた。ところが来日翌日の10日、集合時間に現れず、ホテルのドアを開けたところ、既にベッド上で死亡していたのである(急性腸炎の疑い)。
だが、エリック一家の歩みは止まらず、むしろ加速した。デビッドの死から約2ヵ月後の1984年5月6日には、地元ダラスのテキサス・スタジアムで、NWA世界ヘビー級選手権、リック・フレアーvs四男・ケリーの試合が開催。3万8000人の大観衆を集め、日本でもテレビ東京の「世界のプロレス」で放映された。この試合は、アメリカの老舗プロレス雑誌「プロレスリング・イラストレーテッド」にて同年の最高試合に選出。さらに、ミニコミ誌「レスリング オブザーバー」では、エリック兄弟と、マイケル・ヘイズやテリー・ゴディを擁した「ファビュラス・フリーバーズ」との一連の戦いが、この年の年間最優秀抗争に選ばれている。
あたかも、デビッドの死を払拭したかに見えるが、実はそれこそが、新たなる苦悩の始まりだった。既に世界中のファンから熱き視線を浴びていた“鉄の爪王国”。守るのは、血筋的にエリック・ファミリーであることが絶対条件だった。デビッドの死から9カ月後には、5男のマイクがプロレスデビュー。もっとも彼はなんのスポーツ歴も持たず、体も兄たちに比べ、小さかった。
兄弟たちに課せられた激しい鍛錬、試合、そして、それに伴う負傷、痛み、ストレスを紛らすための酒、薬、そして暴走……。やがて、悲劇は連鎖する。現在、兄弟の中で唯一の生存者であるケビンの視点から描く事実とは……。「アイアンクロー」のプレスシートから、ショーン・ダーキン監督の言葉を引用したい。
「本作は、アメリカの中心部で展開する真のギリシャ悲劇ともいえる」
「フリッツは、強くなれと息子たちに教えることで、彼らを救っていると思い込んでいたんだ」
[3/4ページ]