4月から「医師の働き方改革」が始まっても“隠れ残業”はなくならない…現役医師が指摘する「抜け穴」

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急増する「宿日直許可」

 さらに“抜け穴”となりうるのが、「宿日直許可」だ。「宿日直」とは一般的に、患者の緊急対応に備えて医師が夜通しで待機しておくことを指す。労働基準監督署からこの「許可」を得ておくと、実際に医療行為が発生した時間以外は、労働時間としてカウントされないのだ。

「例えば、月曜の朝から勤務を開始し、宿日直を経て火曜の昼まで働き……という24時間以上の勤務が、どこの病院でもふつうに行われています。もちろん、宿日直の際中でも、何かしらの対応に当たった時間は『残業』として扱われるのですが、そのような対応がない時間だって、いつ何が起こるかわからない緊張感の中で拘束されているわけですし、もうヘロヘロになります。減っているとはいえ、ひどいケースだと、いくら緊急対応があったとしても関係なく『宿日直=休憩時間』かのようにみなされている病院もあるくらいです。こうして“隠れ残業”が増えてしまう構造があるのです」

 実はこの4月の残業上限導入を前に、残業時間を抑制したい病院による「宿日直許可」の申請が相次ぎ、21年には200件ほどだった許可数は、翌22年には約1300件にまで急増している。松田氏の職場ではこの許可が下りていないため、「深夜勤務のすべてが労働時間としてカウントされるから勤務医側としてはありがたい」と言うが、経営者側にとっては、“見かけ上の残業時間抑制”が目下の死活問題である実態が垣間見えるのである。

「考えてみれば、年間960時間という上限自体、月にならすと80時間ですから、一般的には“過労死ライン”とされている水準です。その上、医師が不足しがちな地域医療や、スキルを身に着ける必要のある研修医の場合は、例外的に年間1860時間まで残業が許されています。ある程度は仕方がない面もあるとはいえ、異常であることに変わりありませんよね。その上で“自己研鑽”や“宿日直”によって見えない残業まで加わってくるとあらば、病院によっては、全く労働環境が改善されない可能性だってあるということです」

「本気でやれば改革できる」

 そもそも、残業上限が設けられたからといって、患者が減るわけでもなければ、医師の数が増えるわけでもあるまい。そんな中で、医師の労働負担を減らすことなど可能なのか。

「例えば当院の麻酔科では、手術対応から術後の診察までを一人が対応し続けた体制を見直し、術後の診察だけを一手に引き受けるシフトを組むなどして、全体にかかっていた労働時間を大きく短縮することができました。まだ道半ばですが、事務作業の電子化や、看護師さんらでも対応可能な業務はお任せする『タスクシフト』なども含め、できることから業務効率の改善を図っています。その結果、横行していた当直明けの業務は一切なくすことができ、その働きやすさに惹かれて人員も集まるという好循環が生まれてきたところです」

 埼玉医科大学総合医療センターといえば、高度救急救命センターに認定されていることもあって、昼夜問わず緊急手術がひっきりなしの病院だ。

「緊急手術が絶えない病院で、かつそのたびに対応が必要になる麻酔科でも、これだけの働き方改革が実現できたのですから、本気でやろうと思えば、どの病院でもできることではないかと思うのです」

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