「うちで働いていた頃は…」 水原一平氏が勤めていたすし店のオーナーシェフが明かす“素顔”
虚偽の経歴を提出
水原氏はかつて日本ハムで通訳を務め始めた13年、地元紙の人物欄で紹介されており、経歴については、
〈同州(注・カリフォルニア州)内の短大で経営学を専攻〉(「北海道新聞」13年4月20日朝刊)
そう記されていたのだが、それがエンゼルス時代の21年には、現地紙の記事で「カリフォルニア大学卒」と報じられていた。
「米国の短期大学とは、一般的に市民が誰でも入学できる公立の2年制コミュニティーカレッジを指すことが多い。水原氏は17年オフに渡米した後、何らかのきっかけでキャリアを“一新”する必要があったのかもしれません」
とは先のジャーナリスト。
「球団のメディアガイドのプロフィールは通常、本人の申告をもとに記されます。つまり水原氏が、意図的に虚偽の経歴を球団側に提出したとみるのが自然です」
数年にわたって誤った経歴を公表していたエンゼルスに聞くと、
「従業員に関することは何もコメントできません。ご了承ください」
そう答えるのみだった。
通訳のキャリアにも誤りが
さらに追い打ちをかけるように、同じ22日にはボストン・レッドソックスが唐突に「水原氏を雇用したことはない」との声明を発表。かつて在籍(07~11年)していた岡島秀樹氏の通訳についても「務めていない」と、わざわざ否定したのだった。先のデスクによれば、
「背景には、一部で誤った報道がなされていたことがあります。根拠となった一つは、水原氏の卒業したダイヤモンド・バー高校のホームページです。そこには卒業生紹介として水原氏が登場し、大谷と一緒の写真とともに『かつてレッドソックスでオカジマの通訳を務めた』と、堂々と記されているのです」
通訳のキャリアに関しては、前出のエンゼルス「メディアガイド」にも、さらなる誤りがあるという。
「水原氏について『12年のヤンキースのスプリングトレーニングでオカジマの通訳を務めた』と記されています。ところが実際には12年2月、レッドソックスを離れた岡島氏がヤンキースのキャンプ招待選手となった時に水原氏が通訳に選ばれたものの、直前のメディカルチェックで岡島氏が不合格となり、水原氏ともども契約には至らず、キャンプには参加していないのです」
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