かたく握ったピート・ハミルの手――「もう、寂しくないね」の言葉に深く安堵した理由とは

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わたしを深く安堵させたピートの「言葉」

 87年5月の結婚式の後、イタリアへハネムーンに出かけ、その夏をサンフランシスコで過ごしているうち、ウオールキルの家を正式に購入できたという連絡が入った。
 
 わたしたちは早速、最低限の荷物を運んで仮住まいを始めた。ロングアイランドから巨大なトラックがピートの荷物を運んでくると、モービルハウスに大切な本や資料を入れ、他のものはとりあえず馬小屋の奥に雨が吹き込まないようにしまい込んだ。
 
 ピートは家の玄関近くにライラックの木を植え、スタジオと呼ぶようになった鶏小屋の近くには桜の木を植えてくれた。“バスケット狂”のわたしのためにコートまで作ってくれた。
 
 ある晩、森閑とする家のなかで、ピートがこう口にした。
 
「もう、寂しくないね」
 
 その言葉を聞いてわたしは心から驚くとともに、深く安堵した。ふたりの生活に彼が満足していることが十分伝わったからだった。
 
 わたしは婚約いらい、心の奥底ではピートを信じきれていないところがあった。いつかまた……という気が消えずに残っていたが、本心を隠さず話す少年のような心を持っていることを感じて、ようやく信じることができるようになった。
 
 そう。もう、寂しくないわね。わたしは彼の手を取り、しっかり握った。

(第8回に続く)

『アローン・アゲイン 最愛の夫ピート・ハミルをなくして』より一部抜粋・再編集。

青木冨貴子(アオキ・フキコ)
1948(昭和23)年東京生まれ。作家。1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。1987年作家のピート・ハミル氏と結婚。著書に『ライカでグッドバイ――カメラマン沢田教一が撃たれた日』『たまらなく日本人』『ニューヨーカーズ』『目撃 アメリカ崩壊』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』『昭和天皇とワシントンを結んだ男――「パケナム日記」が語る日本占領』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。ニューヨーク在住。

デイリー新潮編集部

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