ゴリラ研究で知られる山極壽一さんに、「奄美」で行くべき自然スポットを聞いてみた

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 世界自然遺産登録された「奄美」。観光客も増えているというが、沖縄にもほかの島にもない魅力とはなんだろう。同じ鹿児島県の屋久島で、猿の生態調査を行い、奄美にも何度か出かけたことがあるという、人類学者にして霊長類学者の山極壽一さんに話を聞いてみた。

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奄美には遊びで結構行っています

 屋久島には若いころにサルの調査で何度も行きましたが、奄美にサルはいないので、調査では行く必要がありませんでした。

 というのも、屋久島と種子島、そして奄美の間には渡瀬線という境界線があり、その北と南で動物相がはっきり分かれているんです。特に海の深さが問題で、屋久島と種子島は長期間、鹿児島本土の薩摩半島や大隅半島にくっついていたので猿が陸続きで渡ってきたんです。でも、渡瀬線より南の奄美には、海が深く、陸続きにならなかったので、猿は渡れませんでした。同じように、沖縄と台湾の間も海が深いので渡って来られなかった。沖縄や鹿児島の南西諸島は、すべて渡瀬線より北にしか猿はいない。南からも北からも猿は渡って来られなかったのでいないんです。そういう地理的な歴史なんですね。

 そもそも大型哺乳類がいないんです。猿だけではなく鹿も渡って来られなかった。沖縄県の西表島には猪がいますが、昔からいたかどうか、これは海を渡って泳いできたのかもしれません。

 奄美には5、6回は行っていると思います。

 最初は、世界遺産登録に向けての環境省の視察でいきました。ただ、その後はすべて遊びです。 

渡瀬線(わたせせん)とは、奄美群島の北にあるトカラ列島の悪石島と小宝島の間を通る生物の分布境界線のこと。

ユニークな自然は山の低さにある

 奄美に遊びに行ったのは、自然の特異さ、ユニークさが理由です。奄美は、植生が亜熱帯照樹林ですから、同じ鹿児島でも、屋久島と全然違うんです。屋久島は、海岸線が亜熱帯植生で、最高峰は1936メートル(宮之浦岳)。標高1000メートル以上の山が39もあり、亜寒帯林までの日本列島の縮図が垂直に見られるんです。

 一方の奄美は山が低い。高い山がないから、亜熱帯のまま植生が長らく保たれてきました。大型哺乳類がおらず、肉食動物が少ないので、小動物や昆虫類、爬虫類、両生類など小さな動物にたくさん固有種が見つかる、それが面白い。

 ハブ対策として島にマングースが入れられたところ、繁殖して固有種が捕食されることなどが増えてしまいましたが、環境省のマングースバスターズが頑張っていて、もうすぐゼロになりそうだと聞きました。

 屋久島は猿や鹿、イタチが動物としてはよく見られるし、杉の巨木、苔むした縄文杉が目立ちます。そびえる高い山に雨量が多く雲がかかるので、雲霧林、モスフォレストが高い標高にあるんです。だから、苔むした太古の森、というイメージが強くなる。奄美は「マッシュルームの森」と言われるくらいで、低木が多いんです。そういうところに、小さな動物がたくさん潜んでいるのが、奄美の面白くてたまらないところです。

 しかも、大きな動物がいないし、多くが夜行性だから、すぐには出会えないんです。アマミノクロウサギも夜しか見られない。そういうのを探しながら、そうっと近づいていくか、光に照らしてみるか、声で存在を確かめるか、自分から探しに行かないと会えないので、自然観察の手法が屋久島とは全く違う。屋久島は猿も鹿も見たいものを昼間に見られますが、奄美はもっぱら夜になる。自然を作っている生態系が全く違うので、当たり前ですが、自然に対する心構えも違ってきますよね。

 わかりやすく言うと、屋久島では、人間が意図したものに出会えるんです。猿に出会おうと思ったら猿に、鹿にと思ったら鹿に、縄文杉にと思ったら縄文杉に、と象徴的なものに出会える。

 でも、奄美はこちらが耳をそばだてて、慎重に目を凝らして見ないと姿を現さないんです。自然の仕組みが違うので、奄美の場合には、人間の方が慎重にならないと自然の良さが見えてこない。だからこそ、「こんなところにこんな動物が。こんな花が」と、個人的な発見ができるんです。そうやって奄美は「発見」していく楽しみがあるんです。自分の足を運ぶことで見えてくるものが多いから、歩くのがお勧めです。

「奄美」とは、主に奄美大島を指すが、奄美群島は、大島のほか、奄美大島から加計呂麻島、与路島、請島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島までの八つの有人島を指す。世界自然遺産登録されたのは、奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島となる。

奄美ではこんなものを僕は見ましたよ

 奄美では、モクセイシダを見るといいですよ。とても背か高くて、シダの怪物みたい見えます。電柱のように背か高くて、低い森の中で目立つんです。低い中にしゃきっと電柱のように見上げる形で視界に入って、かっこいい。

 それから、奄美の東大医科学研究所に勤めて40年間ハブを研究してきた服部正策さんと、奄美で川沿いを一緒に歩いたんですけど、川そばの景観は見所が多かったです。夜のカエルの鳴き声が独特でした。見られないけれど、聞こえてくるんです。カエルは何種類もいますが、奄美大島と加計呂麻島にだけいるオットンガエルとか、奄美大島にしかいない日本一美しいとも言われるアマミイシカワガエルとかアマミハナサキガエルなど固有種も多い。のんびりと歩くのが本当に気持ちよかった。

 時々、夜に車で走っていると、アマミノクロウサギがモコモコっと道路のそばを歩いていて、あれがまたかわいいんですよね。昼間に見るなら鳥がいいでしょうね。民宿で餌箱を設けて、鳥が来るのを見せているところがあるので行ってみるといいですよ。カワセミはもちろん、アカショウビンとか、奇麗な鳥がたくさんやってくる。奄美には、オオトラツグミやオーストンオオアカゲラ、ルリカケスと天然記念物の鳥がいて、鳴き声だって聞こえることもある。

 奄美の樹木は低くて小さいけれど、実は樹齢は重ねています。樹木は大きさではない、と、そういう見方をするといろんなことが分かってくると思います。服部さんのように40年もいるといろんな秘密を知っているんですよ。地元の自然をよく知っている人と歩くと、同じものを見ても変わってきます。

 良いガイドさんは、見えているものを解説するよりも、見えていないものを解説するのがうまく、それが力量でしょう。同じ樹木を見ても、どういう虫がやってきて、その虫目当てにどういう鳥がやってきて、だから、というのを解説してくれるから、それが物語になって残っていく。単なる木だと思って見てきたものが、昆虫のすみかだったり、鳥や爬虫類の戦いの場所だったり、そういう裏話をしてもらうと自然の見方に深みが出てきますよね。

鹿児島県は、日本でも指折りの島の数を誇る

 鹿児島県っていうのは、日本の都道府県の中でも指折りの島の数を誇る県なんですよね。島については、島津藩の支配下にあったが故に、歴史的にそれぞれがあまり自己主張することがなかったように思います。たとえば、種子島は鉄砲が伝わったから一目置かれていましたが、奄美は西郷隆盛の島流し先になっているくらいで、注目されていたとはいいがたい。

 やっと2021年に世界自然遺産に登録されましたが、奄美と徳之島も違うし、「奄美」と一言で言っても八つの有人島があり、多様です。とはいえ、一連の独特な島として、世界に売り出せる特徴を持っています。

 地政学的にも、東アジアの要衝の地です。例えば、加計呂麻島のあたりは、作家の島尾敏雄が特攻隊員としてしばらく逗留して終戦を迎えたことを書いていますが、日本の戦時中の要衝になっていた。今も中国に対しての最前線のひとつになっていますよね。

 もう一つ面白いのは、沖縄の三線(サンシン)に対して、奄美の三味線は、音域とバチの奏法が違うので、音色の質が異なるんです。奄美の三味線の方が細い弦で高音が出ます。竹のバチで上下をつま弾く「返しバチ奏法」と呼ばれる奏法だそうですが、沖縄の方は、水牛の角のバチで、上から下へとつま弾くと聞きました。

 歌も独特ですよね。有名な、元ちとせさんとか、中孝介(あたりこうすけ)さんとか、沖縄の民謡とはまた違って、歌い方にも味がある。奄美で音楽祭を見にいったことがあるけれど、すごくよかったです。人口が5万人だけなのに、なんと豊かなことかと思いました。自然とはまた違うけれど、FM奄美の放送内容も、地元の人がどんどん出てきて勝手にしゃべっていくから、飽きなかったです。

奄美で40年間ハブの研究をしていた人がいます

 服部正策さんが奄美の自然とハブを紹介した『奄美でハブを40年研究していました。』もちょうど読ませてもらいました。40年もいたというのは、やっぱり奄美が大好きなんでしょうね。もともと奄美の生まれではないのに、東京から派遣されてそのまま40年とは珍しいでしょうね。ハブの専門家だからハブに魅せられたのか、それを通じて奄美に魅せられたのか。

 服部さんは研究者でもあったから奄美の誰も知らない深さを知っているんだと思います。今一番日本人が住みやすいと思っている人が多いのは沖縄県でしょう。海の幸も豊富だし、基本的にあったかいから過ごしやすい。屋久島は冬は寒いのですが、南下して奄美までくると冬は温暖だし、文化もある。大島紬もあって田中一村の絵も見られて、歴史的にも深いものがあって、奄美はいいところだと思います。

 奄美の自然を、よいガイドさんと一緒に歩く。服部さんの本をガイドにしてもいいでしょう。その途中でラジオを聞いたり文化に触れたり、お勧めの旅先です。

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