「水原通訳」解雇で大炎上も…スポーツ賭博は完全に“悪”なのか? いまこそ熟慮すべきメリットとデメリット(スポーツライター・小林信也)
550万円がなく五輪を断念
私はスポーツ界の重鎮や競技団体のトップらにスポーツベッティング導入の是非を尋ねているが、ほぼ全員が導入に前向きだ。なぜなら、日本で導入すれば「年間7兆円の売上が見込まれる」との試算があり、仮にこの10%をスポーツ財源に還元したら、「年間約7千億円の財源を得ることができる」からだ。
いまスポーツ庁の年間予算は令和6年度で約361億円しかない。うち約100億円が強化費だ。東京2020までは特別な予算も組まれたが、自国開催の五輪が終わったいまは強化費が削られ、各団体とも苦労している。
水球女子日本代表は、パリ五輪に向けた最後の挑戦となるはずだった2月の世界選手権(ドーハ)に派遣してもらえなかった。「自前の費用約550万円が日本水泳連盟にないから」というのがその理由で、戦わずして水球女子日本代表のメンバーはパリ五輪をあきらめさせられた。
また、卓球女子の代表決定にあたって、伊藤美誠が補欠としての代表入りに難色を示した。それはただひとりの補欠が、正選手たちのスパーリングパートナーを務めるほか、雑用も何もかも受け持つ必要があるからだ。これも予算減の影響があるだろう。クレデンシャルの関係で試合会場に入れる人数が制約されるとはいえ、予算があれば、会場近くに練習場を手配し、日本から複数の練習要員を連れて行くことは可能だが、予算がなければそんな発想にはならない。
セーフティガードが機能
レスリングでも同様だ。東京2020までは五輪本番だけでなく、国際大会にもスパーリングパートナーが同行したが、いまはもうそんな予算は削られたという。
一方、アメリカをはじめ海外各国は今後、潤沢なスポーツベッティング財源を活用して、強化やスポーツ振興に桁違いの予算を投入できる。数千億円対361億円の戦いが待っていることを日本のスポーツファンはどこまで理解しているだろう。それではまるで、鎖国をしているようなものだ。
加えて、私が強調したいのは、強化費よりむしろスポーツ振興費の方だ。スポーツ庁は、教員の働き方改革に対応するため、「中学部活の地域移行」を一方的に現場に圧しつけた感がある。しかし、現場では予算もなければ人材も施設もないため困り果てている。こうした改革を進めるためにもスポーツベッティングが生み出すスポーツ財源はどうしても必要なのだ。
しかし、水原通訳の事件で「スポーツ賭博」のイメージや一般ファンのアレルギーはいっそう高まり、導入への反対論が高まるのではないかと心配する。
IRと一緒にして危険視する人たちも多いが、特定地域にカジノを建設するIRと、100%インターネットで完結するスポーツベッティングは社会的影響がまったく違う。しかも、導入を模索するIT企業の説明によれば、合法的なスポーツベッティングにおいてはセーフティガードがきちんと機能するため、賭けすぎや生活破綻は起こりづらいという。その人の経済力によって判断される与信範囲でしか賭けられない。窓口で持っているお金を全部叩きつけるような賭け方はスポーツベッティングでは出来ないのだ。
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