「政権の生殺与奪権を握っている」「麻生さんは岸田さんを見捨てた」 麻生太郎副総裁が政界きっての権力者となった理由とは
なぜ力を持つように?
時の総理が言いなりだが、なぜかような力を持つことになったのか。
「もともと岸田さんが総理になれたのも麻生さんあってこそ。3年前の総裁選には河野太郎(61)さんも立候補し、国民的人気では上だった。河野さんは麻生派の所属ですが、それにもかかわらず、麻生さんは岸田さんを推した。総理は麻生さんに足を向けては寝られないんです」(同)
それに加え、麻生氏はもう一人の「ポスト岸田」有力候補を押さえている。
「茂木幹事長です。茂木さんは総理への野心を隠しませんが、率いる茂木派は第3派閥に過ぎなかった。だから第2派閥の長・麻生さんにべったりなんです。逆に、岸田さんにとっては、麻生さんを抑え込んでおけば、同時に、河野、茂木という自分にとっての脅威も抑え込めるんです」(同)
政権発足時、岸田政権で主流派と呼ばれたのは、安倍、麻生、茂木、岸田の4派。一方、非主流派は二階派、森山派、そして菅義偉前総理のグループだった。岸田総理の政権運営の基本戦略は、麻生氏に忠誠を誓うことで麻生・茂木両派を引き入れ、自派を含めた「三頭体制」を組む。その上で安倍派は人事で優遇して抱き込み、主流派をがっちりと固めることだった。
“麻生詣で”
この権力構造の中、麻生氏は人事を半ば壟断してきたわけだが、すり寄っているのは総理だけではない。
「茂木さんは近年、葉巻を吸うようになりましたが、党内では麻生さんの趣味をまねし、こびたとみられています。また、最近、総理候補と目されるようになった上川(陽子)外務大臣(71)は、外遊から帰るとわざわざ麻生さんに報告に行き、『麻生詣で』と揶揄されています」(同)
もっとも、この1月、岸田総理の突然の「派閥解散」発言で、派閥維持が持論の麻生氏との間には隙間風が吹いたとされる。実際、それを受けて麻生氏は冒頭の発言をしている。
「派閥の解散について麻生さんへの相談は一切なく、翌日両名が口論になったほど。手打ちは行われましたが、側近は“麻生さんは岸田さんを見捨てた”と語っています。岸田さんを支えるというのが麻生さんのスタンスでしたが、今は上川さんなど別の選択肢もあるという腹になっています」
ますますその力に注目が集まるのである。後編では、当初は「傍流の人」だった麻生氏が権力の座を上り詰めた過程について報じる。