「物質である以上やがて消滅する」 横尾忠則が考える「墓」
横尾家の墓は郷里の兵庫県西脇市の、広大な墓地の真中辺りにあります。多分両親が僕の生まれるずっと前、僕が横尾家に養子に行く前に造ったんじゃないかと思います。まだ僕が子供の頃ですが、盆や命日になると墓掃除を兼ねて、両親とよく墓参した記憶があります。
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石柱で囲まれた8畳ぐらいある敷地に、墓標が何基か立っていました。そしていつも不思議に思ったのは父と母の名を刻んだ墓標があることでしたが、ある日父が小さい子供の僕に、自分達が死んでも、墓石を造らなくてもいいように建てたとも言っていました。また敷地の入口の左右には巨木になった榊が門柱のように2本植わっています。これは、やはり母の家宗が神道ということで、神道を象徴する榊を僕がお参りする時に花屋でわざわざ買ってこなくても、この墓に植わっている榊を切って花筒に生けてくれればいいと、僕に何の負担もかけないようにという親の僕に対する気づかいで、生前に全て用意してくれていたというわけです。
もう一つ不思議に思ったのは父が「横尾」の姓ではなく、母の姓の「稲垣」を名乗っていたことです。両親は正式に結婚はしていませんでした。それは父母共に長男長女だったためだそうです。余談ではありますが、そんな両親のところに養子で貰われていった僕は、戦前は戸籍上では私生児ということになっていたかと思います。この墓に何基もある墓石はなぜか母の先祖の名前が刻まれていて、父の父親の墓のみが横尾と書かれていました。どうもこの墓の主導権は母の家系にあるように思いましたが、確めたことがないのでその真相は今も不明のままです。
さて、読者にとってはどうでもいいことを書きましたが、僕は十数年前に、この墓地の中に僕と妻と子供2人の名前を記した墓を造りました。人間は死んだら、墓の中にいるとは思いませんが、われわれの2人の子供がわれわれ両親を回想する場というか装置のために、両親が僕のために墓を用意してくれたように、僕も子供のために無駄だと思いながらも造ってみました。果たしてわれわれ夫婦が死んだあと、東京から遠く離れた地方のこんな田舎町まで来てくれるかどうかはわかりません。僕も期待していませんし、また、2人の子供も未婚のまま一生を終えると思いますので、やがて横尾家のお家断絶は必至です。そして子供もいなくなると墓も無縁墓となります。
ここで編集者のTさんが僕に質問をしました。「お墓は必要ですかね。輪廻転生すると、一人につき名前の異なる墓がいくつも存在することになります。この先き人類がどのくらい続くかわかりませんが、墓だらけになりますね」。
そうですね、墓は必要だと思う人にとっては必要でしょうね。必要ないと考える人にとっては必要ないんじゃないでしょうか。ということは死者にとって必要かどうか、または生者にとってどうか。死者にとっては現世や子孫は全てお見通しでしょうが、子孫にとっては死者とのコンタクトの装置が墓になるということはあるかも知れません。でもその子孫もやがて死者になります。
また、輪廻転生によって複数化していく肉体の居場所を墓と考える発想は凄いというか、面白いですね。確かに一人の人間は転生によって複数化します。ただ、その場合、生誕する国が変る場合があります。まあ、それにしてもおっしゃる通り、地球上に過去何千、何万、何億という数の墓ができるというのは理屈に合っています。それが現代でもいたる所に墓があっても不思議ではないのに、そんなに見渡す限り墓地だらけという光景ではないですよね。僕が仮りに200回転生したとします。すると僕ひとりのために墓標が200基あるはずです。どこかにあるのかな? もしかしたら、名前を変えて僕の墓が世界中に200基あるかも知れません。かつての名前がわからないために、自分の墓を発見することはできません。まあいつの間にか無縁墓になって多分、墓も消滅してしまったんじゃないでしょうかね。と考えると地球が墓惑星になるというような心配はないと思います。
仮りに200人の僕がかつて地上に生存していたとしても、その僕の肉体は確かに200体あったはずですが、その本体の自分はたったひとつの魂です。人間を肉体的存在ではなく魂的存在と考えると、かつて生存していた前世の自分はどこにも存在していません。死と同時に肉体は消滅しています。現在生きている人達も、やがて100年たらずで消滅して、魂的存在になって、非物質的空間のどこかで、ゆらゆらと存在します。肉体的存在である自分は本体ではなく仮りの存在だと思います。墓は人間が肉体的存在から魂的存在に移行した時の記念碑です。墓も物質です。その内、物質である以上消滅して、墓そのものも非存在的存在になります。結局はどうでもいい存在として、やがて消滅します。