熟練の技「マグロの目利き」がスマホひとつで簡単に…“電通マン”が開発「仲買人の目をAIに置き換えた」アプリの実力

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ターゲットは庶民の味「冷凍マグロ」

 筆者は築地市場時代を含め、“魚記者”を30年以上やっている。この間、マグロの競り場でなじみの仲買人に何度か「どういうマグロがいいの?」と聞いたことがあるが、仲買人によって言うことが違ったり、「人によるね、(寿司店など)客の好みにもよるし……」と煙に巻いたりするような反応もあった。つまり、マグロの目利きとはそれほど難しいということだ。

 筆者のように、仲買人の生の声をいやというほど聞いていたら「TUNA SCOPE」の誕生もなかったかもしれない。しかし、子供の頃からマグロ好きだったという電通の志村氏は、技術が飛躍的に進歩するAIに「仲買人並みの目利きを」とTUNA SCOPEの開発に乗り出し、試行錯誤の末、2019年に実用化へとこぎつけた。

 築地市場の仲買人の話をしたが、よく考えれば彼らが扱うのは、銀座や新橋、丸の内を中心とした高級寿司店に仕入れる生マグロが多い。しかし、志村氏が見極めたいとしたのは、庶民のマグロであり、まずはスーパーなどで売られる冷凍マグロ類がターゲットとなっている。

 そこで、志村氏は冷凍マグロの目利きの決め手となる尾の断面画像と、ベテランの職人がそれぞれの視点で身質を評価したデータを収集し、AI手法のひとつであるディープラーニング(深層学習)によって、スマホで瞬時に結果を表示させるアプリ「TUNA SCOPE」を開発。マグロの尾の断面をスマホにかざすだけで、身質評価をA・B・Cなど、3~5段階で確認できるようにした。

「くら寿司」やス-パーで活用

 当初は冷凍のキハダマグロ中心の判定であったが、今ではスーパーなどで流通の大半を占めるメバチマグロも範疇に。手軽で確かな目利きが実現できるようなったことで、これまで大手回転寿司チェーン「くら寿司」が、TUNA SCOPEを導入し、「A」ランクとなったマグロだけを扱い大々的にキャンペーンを実施したほか、山形県のスーパーでは「AIマグロ」として、クロマグロやメバチマグロなどを店頭で継続的に販売している。志村氏は、「山形のスーパーでAIマグロはヒット商品となっており、お客さんからの品質に関するクレームなどもほとんどなくなったと聞いている」と話す。

 今後、志村氏は養殖に加え、天然のクロマグロやミナミマグロ(ともに冷凍モノ)などについても、TUNA SCOPEで身質を判断できるよう、豊洲市場の卸会社などの協力も得て、データを蓄積しているという。

 国内外の水産加工場や魚市場で、人の目に頼り続けているマグロの目利きについて、その属人的な知見を「TUNA SCOPEというAIの『新たな目』が、世界共通のマグロの品質基準となるよう働きかけながら、おいしいマグロを世の中に流通させていきたい」(志村氏)と意気込んでいる。

川本大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)など。最新刊に『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)。

デイリー新潮編集部

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