苦し紛れの談話…金与正・朝鮮労働党副部長は人を馬鹿にしているのか

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「金正日派」に配慮した与正談話

 金正日氏は日本に騙されたと怒り、「拉致問題に応じるな」「日朝首脳会談をするな」との指示を残し、死去した。だから、「金正日将軍の指示に反する」との反発を恐れた。

 金正日氏は、なぜ怒ったのか。日本政府は当初、「拉致被害者の安否情報を教えてほしい」と要求した。「帰国」を求めなかった。要求通り「生死」の安否情報を教えたから、「問題は解決」したというのが北朝鮮の立場だ。

 しかも、当初の要求にはなかった「拉致被害者の帰国」に応じたのに、国交正常化と経済協力は実現しなかった。金正日氏は、メンツを失った。平壌の元老たちは、「だから、日本人は嘘つきだ」との言い方で、指導者をかばうふりをしながら批判した。

 日本政府は「拉致被害者の帰国」を要求しなかったのに事実を隠したから、指導者は怒った。「金正日派」に配慮したのが、与正「談話」の裏事情だ。

 ということは、金正恩氏が「日本」を必要としている現実を意味している。それがわかるのは、与正「談話」にある「拉致問題を障害物として置くことさえしなければ 」との表現だ。つまり、拉致問題は「障害物として『置かれた』」から、移動できると言っている。「動かせないものではない」「拉致問題を解決する意思はある」との金正恩氏の必死の呼びかけがにじみ出ている。

 与正「談話」は、日本に拉致問題解決への救いの手を差し伸べていると解釈できる。その意図と真意はどこにあるのか。

ウクライナ戦争後の大激変と危機

 第一の目的は中国だ。現在の中朝関係は決して良くない。支援もない。北朝鮮はウクライナ戦争でロシアに協力しているが、中国はそれが不満だ 。ウクライナ戦争が終われば、北朝鮮はロシアに捨てられる。中国の支援がいる。中国の気を引くために、日本との首脳会談の動きを見せた。首脳会談を警戒する韓国を揺さぶり、日韓関係を悪化させる意図もある。

 第二に、日本を焦らして条件をつりあげる計算だ。だから「日朝関係改善の構想はない」「接触に関心もない」との揺さぶりをかけながら、「首相が平壌を訪問する日も来る」と甘い言葉をかけた。「日本から何をもらえるのか」の要求が込められている。「北朝鮮的文学」だ。

 北朝鮮軍はウクライナ戦争でロシアに 数百万発も供与したから、砲弾と銃弾不足だ。戦争はできない。軍の危機だ。生産が間に合わず、半数は不良品だという。なのに、ロシアは十分な対価をくれない。中国との関係は冷え切っている。トランプ再選での米朝首脳会談と日朝首脳会談が「救いの神」なのだ。

 万景峰号入港禁止などの、日本の独自制裁を解除させ、やがて国連の制裁緩和につなげたい。北朝鮮は、国際孤立や食糧危機、通常兵力弱体化の中で、生き残りのための戦略に日朝首脳会談を必要とする。それほど、国内外の危機に困り果てている。北朝鮮が困れば困るほど、拉致問題解決と日朝首脳会談は近づく。

重村智計(しげむら・としみつ)
1945年生まれ。早稲田大学卒、シェル石油、毎日新聞社・ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を歴任。拓殖大学、早稲田大学教授を経て、早稲田大学名誉教授。東京神学大学大学院。朝鮮報道と研究の第一人者で、日本の朝鮮半島報道を変えた。著書に『外交敗北』(講談社)、『日朝韓、「虚言と幻想の帝国の解放」』(秀和システム)、『絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックPLUS)、『半島動乱』(ビジネス社)など多数。

デイリー新潮編集部

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