「友だちがいなくて、早く、明日へ行きたかった」 転校先で孤独を抱えた詩人・向坂くじらが合唱に心ひかれた理由
「怪獣のバラード」に共鳴して
卒業を控えた3学期、「怪獣のバラード」の練習をしていた。2部合唱で、そこまで派手ではないけれど、好きな曲だった。砂漠にのんびり暮らす一匹の怪獣。ある朝、遠くで鳴るキャラバンの鈴の音を聞く。曲の盛り上がりと共に、怪獣はさけぶ。
「海が見たい 人を愛したい 怪獣にも心はあるのさ」
わたしはソプラノだから、いちばん高いパートを歌う。海が、見・た・いと音が上がって、その張りつめたテンションのままに、「人を愛したい」が続く。息めいっぱいに歌いながら、ああ、なんていい歌詞、と思った。確かにそうだ。友だちがほしいと思うとき、すぐ、愛されたいと思ってしまう。でもそれより前に、そうだね、怪獣、愛したい。怪獣はさらに続ける。
「出かけよう 砂漠捨てて 愛と海のあるところ」
誰かを好きになりたい。そしてその気持ちは、「海が見たい」に並べていいような、みじめさのない、明るくひらけた心なのだ。そんなふうに思えたことが、そのときうれしかった。誰かに好かれることを待つだけでなく、自分から誰かを好きになっていい、砂漠に凛(りん)と立つ自分。そして、そうだね、怪獣。いまそうできないなら、ここではない場所へ出ていくしかないのだね。
「海が見たい」のところでアルトはコーラスに回り、ソプラノだけがその歌詞を歌う。見・た・い、と上がっていくとき、メロディーを共に歌うパートがなくなると、ふと、自分の声だけがはっきり聞こえる瞬間があった。喉を抜けるひとりぼっちのソプラノ。かと思えばすぐにアルトが合流して、歌は巻き上がるようなうねりを取り戻す。
「新しい太陽は燃える 愛と海のあるところ」
歌っていた。もうすぐ卒業だった。友だちがいなくて、早く、明日へ行きたかった。
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