「どのスポーツでもプロになれる感覚があった」 水谷隼が卓球を選んだ意外なワケ(小林信也)

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負けた夢は吉兆

 リオ五輪で水谷は男子団体で銀、男子シングルスで銅メダルを取り、男子への注目を高めた。そして、東京2020での金メダル。

「選手生活で最も印象的なのはやはり金メダルの瞬間です。夢をかなえた幸せな瞬間、28年間の集大成です。夢の中では何十回も見ていた。目が覚めて、ああ夢かと思う。あの時は、今回も夢じゃないか、本当だったらいいのになあ、そんな感じでふわふわしていた」

 全日本選手権など大会前にはよく夢を見た。優勝した夢も、負けた夢も。

「負けた夢を見た時の方が、いい結果が生まれることが多い。人生終わったなと思って目覚めると、あ、夢か、もう一回チャンスがあると。命拾いした感じで気が引き締まるからでしょうか」

 東京五輪の間は夢を見なかった。大会が始まる少し前にそういえば見たという。

「優勝する夢でした。でも確か団体戦で金メダルを取る夢。混合ダブルスの夢は見なかった」

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2024年3月7日号掲載

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