棋王戦藤井八冠が防衛に王手 敗れた伊藤七段が言及しなかった勝負の分かれ目

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勝負の分かれ目となった一手

 大雑把に言えば、今対局の伊藤は「攻めるべき時に守ってしまった」と言えるだろう。

 伊藤が86手目「6三」に銀を引いて守った場面だ。ほとんどの将棋愛好家が「1九飛打」と考えた局面で、伊藤が違う手を指したので驚いた。飛車打ちなら「1一」に成り込まれていた香車と藤井陣の角の「両取り」になる。阿久津九段も驚いたと思うが、「我慢しましたね」と話すにとどめた。

 しかし、加藤一二三九段(84)の指摘は端的だ。日刊スポーツ3月4日付「ひふみんEYE」で「5筋の守備銀を6筋に引いた手でチャンスを逃したと思います。/藤井棋王から香車を6筋に打たれる手が見えていましたが、あそこは飛車を1筋に打ち込んで角と成香の両取りをかけ、攻め合いに持ち込めば難しかったでしょう。勝負の分かれ目となりました」と指摘した。伊藤が飛車を打ち込めば勝っていたというわけではない。互角に戻したかまだまだ戦えたという範疇だろうが、やはりこの一局では大きな一手だった。

 伊藤は2手後の88手目に飛車を打ち込んだがすでに遅く、89手目の藤井の「3一角」の王手からは防戦一方だった。

 とはいえ、伊藤が銀を引いた瞬間、筆者は驚いたものの「これがプロらしい手なんだ。やはり違うなあ」と思ってしまった。それが良い手ではなく、素人考え通りに飛車を打ち込むべきだったということも解説やAIの評価値などで理解しているだけである。対局後の伊藤は「一局を通して苦しい将棋だった」と振り返り、この場面には触れなかった。

 加藤九段は伊藤の次の第4局について「『駒が前に出る将棋』を指してもらいたいですね」(同前)とエールを送った。

怖がり過ぎた?香車の打ち込み

 藤井は83手目に「2七飛」とした。これは「1七」にいる伊藤の「と金」の横に飛車を動かし、大駒の飛車を捨てる手。しかし、「と金」が飛車を取ると、1筋がスポーンと抜けてしまう。そうなると、藤井の香車が「1一」の香車を取り込んで成り込める上、強力な武器となる香車が藤井の手に入る。伊藤の陣形は非常に香車に弱い形だった。もちろん、それは伊藤も織り込み済みだったはずだが、香車の打ち込みに過敏になりすぎたか、前述のように手順が狂ってしまったようだ。

 そこからの藤井の攻撃も素晴らしかった。自陣は全く安全になり、97手目に「5四香車」を打ち、これを銀で取らせる。103手目の「5三角成」で伊藤は玉の頭上に馬が居座られ万事休す。しかし、投了するかと思われるようなこの局面でも、104手目に「6二桂馬」と自陣に打った。

 この粘りの一手を阿久津八段は「根性の一手」と称賛した。しかし、すでに及ばない。藤井が次に「5一銀」とすると、午後6時53分に伊藤は投了した。

「どうやっても藤井さんの勝ちですが、私ならもっとオーソドックスな手を指していくでしょうけど、『5一銀』も鋭い」と阿久津八段は感嘆した。

 序盤について藤井は「前例が多くない形」、伊藤は「認識のない展開」としていた。阿久津八段も「藤井さんの研究手中で途中からはやってみたかった手を試していたようです。伊藤七段も途中まではよくついていったが、飛車切から藤井八冠が加速し、あっという間の見事な寄せでした」と評した。

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