朗読も“音楽”だった…コンサートのような「村上春樹×川上未映子朗読会」
会場が村上ワールド
3月1日、早稲田大学の大隈記念講堂で、「Authors Alive! 特別編『村上春樹×川上未映子』」として、「春のみみずく朗読会」が開催された(早稲田大国際文学館/村上春樹ライブラリー主催)。
人気作家による新作も含む朗読会とあって、会場は約1100人の聴衆で満席となった。
「会場に入るなり、村上ワールドだったので、感激しました」と語るのは、30歳代の村上文学ファンの女性である。
「ステージは、書斎とリビングが一緒になったようなしゃれたセットで、スタンドに1枚のLPジャケットが飾られていました。よく見ると、ディジー・ガレスピーの『AT NEWPORT』でした。村上春樹さんと和田誠さんの共著『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫刊)のなかで、〈そこには熱い祝祭があり、鎮魂があり、心をそそる爛熟がある〉と紹介されていた名盤です」
この日は、村上春樹氏が「夏帆」、川上未映子氏が「わたしたちのドア」という未発表新作を、各々自ら朗読した。そのほか、川上氏は自作「青かける青」(新潮社刊『春のこわいもの』所載)も朗読。
また、友情出演の俳優・小澤征悦が、川上氏の『ヘヴン』、村上氏の『風の歌を聴け』の一部を朗読した(ともに講談社文庫刊)。クラシック・ギタリスト、村治佳織の演奏もあった。
かつて新潮カセットブック(現・新潮CD)で、多くの朗読音源を製作してきたベテラン編集者も来場していたが、「村上さんも川上さんも、なぜ、あんなに朗読がお上手なのですか」と驚いていた。
「まず、お二人とも、あまり噛まず、よどみなく読まれるので意外でした。鼻濁音もきれいでした。そもそも朗読とは、たいへんな集中力が要求されるものなのです。スタジオで音声収録するときは、どんなに長くても2~3頁で区切り、休み休み収録します。いわば100メートル走を何回もやるようなものですから。噛んだときは、その少し前から、あらためてやり直してもらい、あとで編集します。収録は、午前中は無理。喉が順調になる昼ころから開始し、せいぜい夜七時あたりが限界です。それを短編とはいえ、ライヴで、1000人以上の聴衆の前でやるのですから、並大抵の体力と集中力ではなかったでしょう。季節的に乾燥しているので、口内もすぐに乾き、やりにくかったと思います」(同)
プロ俳優なみの朗読
実は、ベテランのプロ俳優でも、ライヴ朗読を嫌がる人は多いのだという。
「スタジオ収録で、あとで編集できるならいいけれど、ライヴは勘弁してくれという俳優さんは、けっこういます。一発でボロが出ますから。もちろん今回は短編ですし、お二人ともプロ俳優ではないのですから、少しは噛んだり、咳き込んだりして当然です。しかし、あれ以上引っ掛かる俳優さんは、いくらでもいます。それだけに、正直、驚いた次第です。しかも、お二人とも、さかんに客席に視線を投げかけ、話しかけるように朗読してくれた。川上さんなど、最後の数行は暗唱しているようで、テキストを見ず、客席を見ながら朗唱していました。村上さんに至っては、時折、身振りまで入るほどでした。ライヴ朗読であれができる俳優さんは、なかなかいません。また、村上さんは声質も若々しく、男性に多いリップ・ノイズ(唇や舌の雑音)もまったくない。これにも驚きました」(先の編集者)
その点、さすがに小澤征悦はプロ中のプロで、村上氏の『職業としての小説家』(新潮文庫刊)も朗読しているだけに(Audible版/8時間36分)、抜群の安定感だった。『風の歌を聴け』朗読後は、村上氏も「今日は、第一作と最新作の両方が朗読されたのですね」と、感慨深い様子だった。
その小澤征悦が『ヘヴン』を朗読する際、クラシック・ギタリストの村治佳織が見事な演奏をそえた。朗読されたのは、第二章の美術館のシーンである。会場に来ていた、音楽ライターの富樫鉄火氏が感心していた。
「ドビュッシーの《亜麻色の髪の乙女》でそっとはじまり、次々と絵を見ていくシーンでは、ムソルグスキーの《展覧会の絵》が演奏されていました。弦にそっと触れて倍音を出すハーモニクス奏法もとても美しく、『ヘヴン』の世界観にピッタリでした。つづく『風の歌を聴け』では、横にページ・ターナー(譜めくり)がいた。ということは、村治さんは、暗譜しているレパートリーを演奏するのではなく、このために事実上1曲の楽曲を用意したわけです。それだけ〈朗読+音楽〉に神経をつかって臨んでいることが、伝わってきました」(富樫氏)
この前に村治佳織によるソロがあって、5曲ほど、小曲が演奏された。
「朗読会でありながら、そのソロ演奏も、たいへんぜいたくな内容だったのです。村治さん作曲による《エターナル・ファンタジア》が演奏されていました。これは奈良の薬師寺・食堂〔じきどう〕の再建記念・奉納演奏のための曲ですが、まだ正式レコーディングされていないはずです。トレモロ奏法による美しい曲で、この日、クラシック・ギターの実演を初めて見た方は、右手の指の華麗な動きに驚かれたのではないでしょうか」(同)
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