ファクシミリは命令形の言葉だった…話題の新書「世界はラテン語でできている」が売れる理由

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早くも第2弾?

 いい機会なので、〈ラテン語さん〉に、特に多くの人たちに知ってほしい、ラテン語由来の英語はなにか、聞いてみた。

「そうですね……たとえば、いまでは“fax”=ファクスと略される《facsimile》=ファクシミリでしょうか。もとはラテン語で『似たものをつくれ』という、“命令形”のことばだったのです。本来、語尾は“シミレ”だったのですが、それがなまって、英語では“シミリ”になりました。機械の名前だと思っている方が多いと思いますが、本来は命令のフレーズだったのです」

 そういえば音楽業界では、モーツァルトやベートーヴェンなどの肉筆楽譜の複製印刷は、むかしから「ファクシミリ版」と呼ばれてきた。機械のファクスで送られてきたわけでもないのに、なぜそんな名称なのか不思議だったのだが、これで納得できました。

 しかし、それほど由緒ある言語が、なぜ、いまでは“死語”になってしまったのだろうか?

「ラテン語が通じていた地域において時代を経るにつれ、書き言葉としてのラテン語と話し言葉としてのラテン語の差異が広がってしまったことが主要な原因だと思われます。話し言葉としてのラテン語は地域差が大きくなっていき、その後フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語など、別の名前で呼ばれるようになりました。書き言葉に関しては、より民衆に伝わりやすいようにラテン語ではなく俗語で書かれることが多くなっていったと考えられます」

 本書によれば、フィンランドには、最近までラテン語のラジオニュース番組があったそうだ。また、いまやネット上に、さまざまなラテン語のサイトやSNS、番組もあるようだ。「ハリー・ポッター」シリーズなど、第1・2巻がラテン語に訳されており、主人公は《Harrius Potter》=ハッリウス・ポッテルとなっているという(著者のJ.K.ローリングは大学でラテン語を学んだので、作中の呪文の多くがラテン語由来なのだとか)。日本の地名・人名をラテン語にする方法も、なかなか楽しい。

 ところで、おそらく現在、日本の一般人にもっともなじみがあるラテン語は、やはり、ヤマザキマリのコミックで、映画化もされた『テルマエ・ロマエ』(ビームコミックス)だろう。《thermae Romae》=ローマの温浴場である。巻末には、そのヤマザキマリ氏との興趣あふれる対談も収録されている。

 それにしても、突如、出版界に登場した、この〈ラテン語さん〉、いったい、なにをやっている方なのだろうか?

「普段は、翻訳関係の会社に勤務しています。広告やゲームなどのラテン語監修・翻訳、朝日カルチャーセンター横浜教室などで、ラテン語教室講師もつとめています。そのほか、ラテン語・ギリシャ語のオンライン私塾『東京古典学舎』の研究員でもあります」

 200ページ強のコンパクトな新書で、1000円札でお釣りがくるが(税込990円)、中身の濃さは尋常ではない。参考文献だけで5ページにおよぶ。それだけ広範な話題がぎっしり詰まっているのだ。

 おそらく、この1冊だけではおさまらなかった話題も山ほどあるにちがいない。「もしや第2弾を、もう考えているのでは?」と聞いたら、〈ラテン語さん〉、笑いながら、小さい声で「はい」と答えてくれた。

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を執筆。東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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