「君はわが社のエースで四番」「一流の打者も7割は失敗する」…“野球用語”はなぜ職場で通じなくなったのか
一本足打法
「素晴らしい最新技術をビジネス書で知っていたとして、結局、体力がなくてはその技術は使えなくなる。基礎となる体力獲得のためには『走り込み』が大事だ。ビジネスにおける『走り込み』とは、キチンと新聞を読み、先輩や顧客の話を聞くことである」
これらがすべて分かる方々は完全にオッサンである。ポカーンとする人々の方が今の時代を捉えている人々である。
思えば「野球用語」がビジネス界に存在することに対し、私が初めて違和感を覚えたのが「一本足打法」という言葉だ。本来、王貞治選手がホームランを量産するきっかけとなった「投手が球を投げる時に右足を上げ、それで良いバランスと力の入れ方ができる打法」を一本足打法と呼んだ。
しかし、ビジネス用語になるとこれがねじれてしまったのだ。もっとも分かりやすいのが、キリンビールが1990年に「一番搾り」を発売した後のキリンの戦略転換を示すものだ。キリンは「キリンビール」(今でいうところの「キリンラガー」)がビール業界で圧倒的なシェアを誇っていたが、1987年にアサヒビールが「スーパードライ」を発売し大ヒットすると「キリンビール」のシェアは落ちていった。
その後、スーパードライの二匹目のドジョウを得るべく「ドライ戦争」が日本のビール業界では勃発したものの、結局はアサヒの一人勝ち。ドライビールからは各社撤退した中、颯爽と登場したのが一番搾りだった。
想像することすら難しい難解用語に
するとその後ビジネス雑誌やビジネス書はキリンのこの戦略を「昔からのファンが多いラガーだけの『一本足打法』ではなく、新しい顧客も獲得するために投入した一番搾りとの『二本足打法』にし、キリンは一矢報いたのである」的に表現した。
1993年に大学の商学部に入学した私はマーケティング系の授業でこの手の文章は時々聞いたし、課題図書でもこの表現は見た。だが、同時に大いなる違和感を抱いたのである。
「あのさ、本来一本足打法って両足を地面につけるのではなく、一本は宙に上げる打法を意味しますよね? 王さんにとってはシックリきたものの、ほとんどの選手には難しい技。比喩としておかしくないですか? もしも3つの商品を柱にする戦略があったら『三本足打法』とでも呼ぶのですか?
人間には二本しか足がないわけだから無理矢理すぎませんか? むしろ、サッカーにおける『ワントップ戦略』『ツートップ戦略』の方がしっくりきませんかね……。まぁ、ワントップとツートップ、どちらが得点を取れるかはさておきですが」
とにかく野球用語がビジネスに入ってくると、「一本足打法」に象徴されるように意味不明になる。しかも近年の若手にとっては、想像することすら難しい難解用語になっているのだ。今、管理職にいる40代中盤以降男性にとってはしっくり来るかもしれないが、そろそろ野球用語を部下やクライアントに対して使うのはやめた方がいい。古臭いと思われるし、もっと言うとバカだと思われる。
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