「相撲の流れが見えた」 若乃花が語った「天賦の才」と知られざる気性の荒さ(小林信也)

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全部ガチンコで

 身長180センチ、体重133キロ。力士としては小さな体で、小錦、曙、武蔵丸といった巨漢力士と渡り合った。

「最高でした。アメリカから来た最高にパワーのあるアスリートと一対一で戦える。戦争に負けているので土俵では負けられないなと。小錦さんや曙は土俵の半分が体ですから。でも僕みたいなのが勝つと日本の人たちは喜んでくれる」

 不利を承知で角界に飛び込んだ時、虎上は決めたことがあるという。

「人生でひとつだけ、真面目に生きようと思ったのが相撲の世界でした。どんなことがあっても全部ガチンコで突き進もう、やめるまで汚いことは一切やらないと決めた。何かひとつ、人生で自慢できるものがあればいいなと思って」

 現役時代、最も印象に残る一番はと聞くと、「初優勝した時の曙戦ですかね。物言いがついて取り直しで勝った一番」と言った。平成5(1993)年3月場所。12日目、小結・若花田(当時)が10勝1敗、新横綱・曙が8勝3敗。軍配は曙に上がったが、同体で取り直しとなった。

 取り直しの一番は、曙のもろ手突きをかいくぐるように若花田が沈み込み、右回しを取り、すぐ左前みつを取って下から食らいつく。そして右の内掛け。曙はのど輪を当てがい、強引に若花田を土俵際に追い詰める。が、ここで若花田が右からすくい投げ。曙の巨体が宙を舞い、背中から落ちた。

 座布団が飛ぶ中、勝ち名乗りを受ける若花田は顎をグイと突き出し、別人のような厳しいまなざしで怖いくらいだった。これが師匠の見抜いた人並み外れた気性の激しさかと背筋が震える。

 取り直し前の一番でも、立ち合いで曙のもろ手突きを浴びて飛ばされながら、左からのいなしで曙の勢いを簡単にそぎ、巨体を大きく泳がせている。どうしてあの曙を軽く崩せるのか?

師匠も理解不能

「相撲の動きが全部見えているんです。どこをどうすれば相手が崩れるかも。子どもの頃から現役大関の手が飛んでくるのをかわしていたので、体で覚えたんですかね」。冗談まじりに言った後、真面目な顔で続けた。「全部見える。相撲のラインというか、相撲の流れが先に分かるんです。師匠とはいろんなことを話しましたが、師匠も理解できない。『お前、おかしいんじゃないか』と言われるものが見えているので、他の力士には理解できません。だからすごく疲れる。ずうっと考えていたから。なので13年しかやれなかった。いっぱいいっぱいでした」

 虎上は「努力の人」と言われがちだが、筋金入りの天才力士だった。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2024年2月29日号掲載

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