「突然、事務所が閉鎖され着る服がない」 韓国でK-POP練習生になった日本人男性を襲った悲劇
韓国語だけでなく礼儀も学ぶ
毎日会社に出勤すると、まずは壁に貼られているハングルの発音表を口に鉛筆を喰わえて読むことから始まった。ミンスヒョンにチェックしてもらいながら一つ一つ丁寧に読み上げていくのだが、発声の練習にもなると言ってお腹の底から大声で読んでいたら、会社のスタッフさんにうるさいと怒られたこともあった。
今考えてみたらすごい矛盾である。韓国語を早く上手くなりなさいと言っておきながら、上手くなるための練習をうるさいと言うのだから。その場ではすみません気を付けますと言いはしたけど、大人の矛盾に歯向かえる最大の抵抗として、もっと大きい声で叫んでやった。
発声の練習を終えた後は歌の練習へと続く。基本的には韓国語のバラードや歌謡曲を中心に、歌の基礎を教わった。特に日本語の発声と韓国語の発声は基が違うので、韓国語の曲を歌うとなるとそのロジックの理解から始める必要があった。
少し話は変わるが、ミンスヒョンはもちろん日本語ができず、僕の韓国語もまだ1歳児ほどの実力しかなかったので、僕たち二人のコミュニケーションの取り方は半分ボディーランゲージで、後はゆっくりと喋ってもらいながら僕が必死に聞き取る方式だった。韓国の文化や会社での礼儀も直接ミンスヒョンが見せてくれることで、僕はそれを真似しながら学ぶことができた。毎日僕の拙い韓国語を理解し韓国語や歌、そして韓国社会での基礎的な礼儀を教えるのは相当な負担やストレスがあったことだろう。それでも常に優しく教えてくれた優しさに今改めて感謝したいと思う。
「練習生契約」に縛られる
話を戻すと、歌の練習を終えた後、今度はダンスの練習をした。ミンスヒョンはダンスの経験が皆無に等しかったため、基礎的な練習から始めた。アイソレーションやストレッチから入り、アイドルの曲を練習し動画に収める。こうしてお互いの得意なことを相手の不得意の克服のために使い、僕たちなりに一生懸命努力した。
正直な話をすると会社に対して不満もあった。
それはそうだ。僕を含む各会社の練習生たちは「練習生契約」という契約書を交わすことが多い。でもそれは会社が練習生を育成するために自社のレッスンを受けさせた後、他社に引き抜かれるのを防ぐためであって、会社から何のサポートも受けていない僕は、契約書のせいで他の会社のオーディションすら受けられない、鳥籠の中に閉じ込められた鳥状態だった。
それは不満がないほうがおかしいだろう。最初にちゃんと確認をしていなかった僕が悪いといえばそうなるが、韓国語もままならない外国人が、練習生契約というシステムも知らず、契約の内容に問題がないかを判断をしろというのは、小学校一年生が大学の入試について考えるようなものだ。
[2/4ページ]